《旅行記連載 vol.10》万博記念公園旅行記

差し迫る現実から逃れるために友だちと佐渡島に行く計画を、6月から立てていた。日常の鬱憤に押し潰されそうになった時は9月の佐渡島を思うことで耐え忍んだ。
最初に佐渡島を選んだ理由はなんとなくだったけれど、日が経つごとにワクワクは強まり、なんだか涙と汗とパソコンとエアコンの思い出が多かった今年の夏の大逆転を佐渡島にかけていた。

それなのに、その予定が現実のせいでおじゃんになってしまった8月の終わり。一泊二日が日帰り旅行に変更になり、最初から計画を立て直すことになった私たちはやる気をなくし、「とりあえずどこかにドライブ」という安牌な選択をして行き先決定から逃げた。
そんな折、2日連続で夢に太陽の塔が現れふとその存在を思い出した。
大学一年生の冬、大阪旅行に行った際、市街地から離れているからという理由で観光候補から外された太陽の塔。その時に初めて湧いたなんとなくの未練は2年間のうちにかなり大きなものになっていた。
今年の夏、他用で1人大阪に行く機会が一度あって、その日の帰り、太陽の塔見たさに御堂筋線に乗りかけて、往復を考えると新大阪発東京着の終列車に間に合わないことに気づいて断念した。

そんな太陽の塔が夢に出てきた。太陽の塔が私を呼んでいる!不運続きですっかり滅入っていた私は、太陽の塔に行けば何かが変わる気がすると勇んで友だちに連絡をして、二つ返事で日帰り太陽の塔巡りが決定した。

太陽の塔まで

8:30 のぞみ 東京発自由席
本当は一本前に乗る予定だったけれど、自由席がいっぱいだったので断念してずらした。

11:00 新大阪着

11:26 新大阪発 千里中央経由で万博記念公園駅へ

プールの匂いがする駅。心なしか内装もプールサイドっぽい

 

12:00 万博記念公園駅着

電車の中から太陽の塔が見えたとき、なぜだか私は泣きそうになった。

駅から見える太陽の塔

太陽の塔

太陽の塔!これが太陽の塔!!
想像より2倍くらい大きい。遠くからでもわかるそのフォルムに興奮した。いざ、と歩いているとなぜか肌がヒリヒリ痛い。日焼けだ!我慢ならずファミマで日焼け止めを購入。9月だからと甘く見ていたが紫外線はまだまだ強いらしいので皆さんもお気をつけて。いや、こんなに日差しが強かったのは太陽の塔の麓だからだろうか。とにかく7.8月をほとんど日焼けゼロで乗り切ったのに、この度の旅行で腕と首が真っ赤になってしまった。

いざ入場!

突如カメラのレンズが曇ってモザイクをかけたようになってしまった

 

ちなみに、インターネットで事前に太陽の塔内部の入場チケットを購入した方は、そのチケットに入園料も含まれていることに注意。改めて買う必要はない。

 

人生初太陽の塔におおはしゃぎ

 

太陽の塔は4つの顔を持つ。塔のてっぺんについている黄金の顔は未来を表し、お腹についている白い顔は太陽の顔。現在を表す。背中に描かれたのはく黒い太陽で過去を表している。そして4つ目の地底の太陽は、撤去作業中に紛失され、現在は2018年に作られた復元版を見ることができる。

内部ではぐるぐると階段に沿って生命の樹を見ることができる。高さ約41メートルの生命の樹の幹にはアメーバなどの原生生物から人類に至るまでの様々な生物が取り付けられ、進化の流れを見ることができる。
展示物に目を奪われながらゆっくりと登っていくので疲れを感じないが、外から自分たちがいた場所(太陽の塔の腕のところあたり)を確認するとなかなか高くまで登ったことがわかる。
展示物に胸打たれたのはもちろんだけど、何を考えてこれを作ったのか、何を訴えたかったのかなどを考えながら登るとより一層ワクワクした。戦後たった25年の1970年時点でこんな技術が日本にあったのかという点についても感動した。
太陽の塔内部(テーマ館)の工期は1968年9月から1970年3月の約1年半。そんな短期間でこんな大きくて凝っている建築物ができることにも驚きだったけど、それだけ多くの人手とお金をかけたのだろうと思うと、改めて1970年の大阪万博が日本にとって大大大イベントだったことが感じられた。

EXPO’70パビリオン

個人的にもっともおすすめスポットがここ。外観を撮り忘れてしまったのが残念。公式ホームページよりチェックしていただきたい。
(https://www.expo70-park.jp/cause/expo/steel/)

EXPO’70パビリオン、あまり宣伝がなされてない上に太陽の塔から少し離れているので見過ごされがちになってしまいそうだが、とにかく見応えがすごい。210円で常設展を一通り見て回れるが(2022.9.12当時)、巻きで見ても2時間弱の時間を費やした。

1970年の大阪万博の当時の映像や写真を見ることができるだけでなく、実物のコスチュームや資料まで置いてある。
さらにこの建物は当時鉄鋼館という音楽堂だったため、現在も当時の鉄の音楽を聴くことができる。建物全体を使って奏でるその迫力に圧倒された。

スタッフの方も気さくでたくさん話しかけてくださった。万博で建てられた各国の建物は万博終了後ほとんど解体されたが、中には移設されて二次利用されたものもあり、たとえばカンボジア館などは団地集会所になったそうだ。
万博すごい。2025の大阪万博絶対行きたくなった。

また、個人的にはDREAMS COME TRUEの「大阪LOVER」が大好きで、年がら年中よく聞いているので、そのモチーフのポスターが貼ってあったのが”激アツ”だった。一緒に写真も撮っておいた。

万博公園の太陽の塔、久々見たいなあ!

久々ではなく初めてだったが、見ることができた。よかった。感涙である。

太陽の塔を出て

16:20 一通り見学を終え、公園を出た。太陽の塔の閉館は17時だった。(月によって変わる可能性もあるので事前チェックが必要)
もう一度見ておこう。

何回見ても大迫力である。絶対現地で見ていただきたい。

太陽の塔と、エクスポ70パビリオンをだいたい一通り見学し、昼ごはんを食べる時間も加味するとだいたい4時間くらいになるので参考にしていただきたい。
ちなみにお昼はレストランPark Caféでパスタランチセット(1100円)をいただいた。ボリューミーだし、味もとっても美味しかった。

太陽の塔を出た後はあべのハルカスに向かった。千里中央まで出た後は御堂筋線で一本、天王寺駅へ。
夕焼けを見たいねということで、また高い場所を求める私たち。通天閣は行ったことがあったし、あべのハルカスはずっと気になっていた場所だった。

ちょうど登ると夕日が沈みかけていた。

沈みかける太陽

 

すっかり暗くなるまでそこにいた。ベンチに座って夜景を待ちながら悩みを友だちに話した。人は正面で向き合うより横に並んで話す方が正直に話しやすいと聞いたことがあるけれど、本当にそう思う。

明日からも頑張ろう!
私はプレッシャーを感じてしまうので、頑張ろうという言葉があまり好きじゃなかったのだけど、広大な夜景を見ているとなんとなく自然に頑張らないといけないな、と思えた。頑張らなきゃいけない、と思うことは重荷でも覚悟でもなく、緩やかな自信であると感じた。

さて、私はその土地らしさを好む節があって、さらにそのらしさを一通り網羅したがる。ミーハーで浅くて恥ずかしいけど、まあいっか!そういう浅さが知見を深めていくのかもしれないし。今回の旅行は太陽の塔のエネルギーを感じて自己肯定感を上げるというサブテーマもあったし。

ということで、夜は大阪らしくお好み焼きとモダン焼きを食べて、夜行バスを待つ時間銭湯に行って汗を流して、23:40、大阪を後にした。滞在時間約12時間。母にこの計画を話すと開口一番交通費がもったいないと怒られてしまったけど、この夏一番心が震えた今日を私は一生大切にする。

平日のガラガラな万博記念公園で大阪LOVERを歌いながら歩いた。大学3年生の夏は、どんな未来を歩んでも消えることなくそこにある。

おわりに

この記事は帰りの夜行バスで書いている。日帰り旅行の往復を新幹線にする豊かさは大学生にはない。
そういえば、初めて夜行バスに乗ったときも、今日の友だちと一緒にいて、高校一年生の8/29とかだった。私は読書感想文の本を読み終わっていなくて、バス酔いで吐きそうになりながら三四郎を読んでいた。消灯後、頭の上にある薄暗い電灯だけをつけて揺れる車内で必死に文字を目で追った。感想文に手をつけていないのはまだしも、少なくともどうして本を読み切っておかなかったのか。焦りと自分への憎しみで、ますます気持ちが悪くなったが、その年の読書感想文で、はじめて優秀賞を取った、良い思い出である。

消灯のアナウンスがあったので記事はここまで。

(小島毬)