見ているだけで笑顔になれる。次に会うことを楽しみに頑張れる。

あなたにもそんな存在がいるだろうか。「推し」とは、ファンが応援しているタレントやアーティスト、アニメキャラクターなどを指して用いる言葉である。「推し」がファンの心に与える影響は大きく、もしも彼らを今まで通りに応援できないとなると、ファンの中に「ロス」が広がる。2020年末で「嵐」が活動を休止し、寂しさを感じている人も多いだろう。ファンはなぜ、「推し」に傾倒してしまうのか。ロスとどう対峙していけばよいのか。その答えを探るため、聖心女子大学の小城英子准教授(社会心理学)に話を聞いた。

ファン心理の変化

小城准教授によると、ファン心理とは従来、「メディアを介した対人魅力」だったという。手に届かない相手だからこそ憧れを抱いていたのだ。近年は、ファン心理が変化してきた。「会いに行けるアイドル」の登場やSNSの解禁によって、スターとファンとの距離が近くなった。そのことにより、現実とは異なる一時的な楽しみとしてスターとの関係を捉える人だけでなく、現実の恋愛と錯覚して応援する人も出てきやすくなったという。

なぜ「ロス」になるのか

小城准教授は、「人は楽しみや好きなものを持っている方が毎日幸せに生きていける」と話す。QOL(生活の質)を上げるという役割をファンは「推し」に求めているのだ。しかし、ファンとスターの距離が近くなる中で、「推し」への応援が精神的にマイナスな影響を与えてしまう場合がある。それは、「推し」との関係が現実の人間関係の代わりとなっている場合だ。「推し」とは別に精神的支えとなる存在がいる場合と異なり、「推し」がいなくなると精神的支えがなくなってしまう。そのため現実の家族や恋人を失ったような悲しい感覚に陥ってしまうのだ。

そのようなマイナスの影響を受けてしまうと、立ち直るのはなかなか難しい。対人関係を構築し直し、自身のアイデンティティを新たに確立しなければ、根本的に「推し」の穴を埋めることはできないからである。そこでどのように辛さを緩和するかが重要だ。

「ロス」を乗り越えるために

中には、タレントやその関係者への攻撃をすることで辛さに耐えようとする人もいるという。そのような負のスパイラルに陥らないためにできることがあると小城准教授は話す。

一つ目は、寂しさを感謝に変換すること。寂しさの裏側にある、「推し」が自分にもたらしてくれた喜びへの感謝。それに視点を向けることで辛さは緩和できるという。

二つ目はファン同士の交流を大切にすること。人との思い出話が心の慰めになるということが心理学的にわかっている。寺院で法要を七日ごとに行うのも、近親者で定期的に故人の思い出話をすることで、徐々に心の傷を癒していく役割があるという。例えばライブ映像を見たり、「推し」にゆかりのある人物の活動を応援したりしながら、同じ境遇の人と交流を持つことで気持ちを楽にすることができるだろう。

コロナ禍の現在、次々とイベントが中止・延期され、なかなか「推し」に会えない状況が続いている。「心理的リアクタンス」といい、制限されるとかえって対象の魅力が増して感じられるという現象があるという。また、近年のアイドルは活動が長期化していることから、ファンの年齢層も幅広く、中にはそのアイドルを応援してきたことが人生の一部となっている人もいる。そのような状態で「推し」が生活から消えてしまったら寂しさを覚えるのも無理はない。次の趣味を見つけるなど簡単なことではない。

しかし、例えば、嵐の歌詞には「後ろには明日はないから前を向け」という明るいメッセージがある。「推し」からもらったものを糧とし、寂しさを乗り越えて彼らの幸せを願うことが、ファンにできる最大の応援なのかもしれない。

西室美波