歌う側から見る音楽

次に、歌を歌う側からとしての質問を通して“わたしたちの音楽”を探る。

どこで、誰と、なぜ、歌うかという3つの問いを設けた。場所については、72.7%でカラオケ店、続いて、54.5%で(風呂という回答を含む)の2か所のみ、という結果になった。誰と歌うかについては、友人(63.6%)と1人(59.1%)が多かった。(図3)

図3

カラオケで友人と/家で一人で歌うことがメジャーのようだ。では、いったいなぜ歌を歌うのか。以下が、歌う理由として得られた回答である。殊に、「ストレス発散」と「気分転換」に関する意見が多く見られた。(表6)

表6

以上の結果から、歌を歌う側として言えることは以下の点である。

⑤若者が音楽を歌う時は、カラオケで友人と、家で一人で、の2タイプがメイン

⑥若者にとって音楽は、ストレス発散や気分を上げる一つの手段

 

時間軸から見る音楽

続いて、時間軸で考察し、“わたしたちの音楽”のカタチを浮き上がらせる。

昔と今の音楽の違いは何か、という問いには以下のような意見が集まった。(表7)

表7

大まかに、音楽の形式の多様化評価の多様化歌詞の変化の3つにジャンル分けができよう。SNSの発展に関わる変化に着目した意見も多い。その一方で、先に述べたように、長く親しまれている音楽の評価ポイントとして、歌詞の共感性があったが、現在はそうではなくなったという類の意見も寄せられた。便利になった現代といえども、そこに見られる変化はいいことばかりではないようだ。

以上の結果から、時間軸で考察して言えることは以下の点である。

⑦音楽の在り方が多様化して豊かになり、評価も多様化した

⑧SNSの発展が音楽に影響を与えた

⑨歌詞の重みが薄れてきた

⑩大衆曲・国民的曲が少なくなり、趣味嗜好の強い曲・量産的曲が増えた

 

問題意識から見る音楽

最後に、問題意識も持って音楽を見つめ、“わたしたちの音楽”を考える。

現在、音楽界に問題があるかないかと尋ねたところ、「ある36.4%/ない63.6%」という結果になった。4割弱の人が音楽界に問題意識を持っている。では、その問題とは具体的に何であろうか。あると答えた人に聞いた。(表8)

表8

これらの意見より、法的かつ利害的な問題と、曲の売り出し方の問題が意識されていることが分かる。前者の問題はよく取り上げられ、アーティスト本人も呼びかけをするなどしていて、SNSが関係していると考えられる。後者の問題については、「この曲がヒットして、なぜあの曲はヒットしないの?」という現象を引き起こす、との声があった。ここでは、ファンの心理を考慮した戦略が大きなカギを握っており、いくらいい曲でも埋もれてしまうことは往々にしてあるのだろう。飽和状態にあるという意見は、時間軸で考察した際のSNSの発展・量産的という点に関わってくるだろう。日の目を見る曲と見ない曲の差が開いているように思える。

以上のことより、問題意識から言えることは以下の点である。

⑪SNSの普及により一昔前にはなかった問題が生じている

⑫著作権侵害により、アーティストに正当な利益が入らない

⑬運や特典付きCDなどにより、本当にいい曲が注目されない

⑭売れる基準が変わって飽和状態になり、多くの曲が埋もれていく

 

わたしたちの音楽

ここまで4つの視点から音楽の形を探ってきた。そこから得られた①~⑭のポイントを考慮すると、“わたしたちの音楽”とは次のように言語化できるのではないだろうか。

「リズム、歌詞の共感性、メロディーの覚えやすさがその曲の評価に繋がり、デジタル機器やSNSの発展とともに多くの音楽を手軽に楽しめる一方、万人に響く歌が減少する等、音楽の形式と評価は良くも悪くも多様化している。音楽は気分転換の手段といったように、身近なものではあるが、注意を怠ると著作権問題に触れてしまう可能性があるので十分に意識をもって扱う必要がある」

普段、何気なく聞いて歌っている曲だからこそ、このように改めて考えることで新たな気付きがある。もし、この記事の中に知らない曲があったら今すぐに聴くことができるし、今まで問題意識がなかったのならここに出た意見について考えてみることもできる。私たちが音楽をもっと楽しむためには、自身の趣味嗜好に止まることなく、多様な角度から音楽を知ろうとし、問題を解決していく必要があるだろう。そのきっかけになったとき、この連載に意味が生じる。まだ知られていない“わたしたちの音楽”の実態をこの連載とともに発見してほしい。

 

(庄子珠央)