慶大と東京歯科大学は11月26日、合併協議を始めると発表した。2023年4月をめどに両校は合併し、慶大歯学部が誕生する見通しだ。一体なぜ今回の合併が実現したのか、そして今後大学の再編はどういう方向に進むのか、駿台教育研究所の石原賢一進学情報事業部長に話を聞いた。

 

昨今の歯学部が抱える事情

歯科医師の供給過剰が目立ち始めて久しく、全国の歯学部の未来は明るくはないというのが現状だ。「全国の歯科大学で倍率が存在するものはほとんどないと言っても過言ではない」と石原氏は語る。

この背景には、2007以降の慢性的な医師不足による医学部の募集定員の増加がある。歯学部や歯科大学に入らなくとも専門の広い医学部で歯科衛生を学べてしまうというのが現実だ。そのため、医学部入試の間口が広くなったことで歯学部を専願で受験する学生が減り、歯科衛生を学びたい学生が医学部に入りやすくなったのだという。

「今までは、医学部に受からなかった受験生が歯科大学に流れてきていたというのが実態であったが、その傾向が近年見られなくなってきている。このことが歯学部の低倍率化の一因だろう」と石原氏は解説する。また、都市部を中心に歯科医師が過剰であると言われており、受験生の間で歯学部の人気が下がっている傾向にあるのも大きな要因だと石原氏は指摘する。

このような事情から受験者数の伸び悩みが目立つ歯科大学。そんな中でも、東京歯科大の入試偏差値は全国の歯科大の中でトップクラスであり、志願者の減少傾向が目立つ歯学部入試の中では異例にも受験生から安定した人気を誇る。「東京歯科大は日本で最も歴史のある歯科大であり、水道橋という立地や、安定した経営状況も志願者動向に影響しているのであろう」と石原氏は分析する。




なぜ東京歯科大は慶大を選んだのか

東京歯科大の2020年度歯科医師国家試験合格率は、国公立を含んだ中でも全国1位であり、大学の受験生からの人気も堅調。東京歯科大は言わずと知れた名門大学で、経営的に厳しい状況であったということは考えにくい。では一体なぜ、今回の慶大と東京歯科大の合併が実現したのであろうか。その舞台裏では名門大学ならではの事情があった。

まず、国公立大と私大では歯学部の環境に大きな違いがあると石原氏は指摘する。「国公立大の歯学部は、東京医科歯科大をはじめ、北海道大、東北大、大阪大など総合大学の中に設置されているものが多く、他の分野と協力しながら総合的な歯科研究が可能である。一方、私大の歯学部のうち、総合大学の中に設置されているものは日本大のみ。私大の歯学部はどうしても研究の幅が広がらないというのが事実としてある」

歯科単科大である東京歯科大は、130年の歴史を誇る名門大学であり、その分総合的な歯科研究が社会から求められる。今回の合併の背景に関して石原氏は「東京歯科大も歯学部だけの単科大学でできる研究には限界があると感じていたのではないか」と分析する。

「全国の一般的な歯科大とは異なり、長い伝統を持つ東京歯科大は、歯学や口腔保健といった口回りの医療全般を総合的に研究していかなければいけない大学。より一層日本の歯科衛生研究をけん引していく意味でも、慶大の医療系学部や理工学部と提携することで、歯学分野での研究の深まりを期待したのであろう」

両大の発表では東京歯科大が慶大に合併を申し入れた形だが、今回の合併は慶大にとってもメリットは大きい。医療3学部の中に歯学部を新設することによって、総合大学という利点を生かして大学内の研究の幅を広げることができる。特に、慶大は理工学部を有するため、医歯連携だけではなく、医理工連携などの研究分野にも道が広がりやすくなるだろうと石原氏は分析する。

「医療研究で最先端を行く東大でさえ、歯学部は設置されていない。『日本の総合大学で初』という枕詞が付きがちだが、東京23区内で医・看護医療・薬・歯の医療系4学部を有する初の総合大学という意味でも、今回の合併は非常に慶大にとってメリットが大きい」

慶大、東京歯科大共に長い歴史と伝統を持つ名門大学だが、名門大学だからこそ社会から医療研究のリードオフマン的役割が求められる。そういった意味でも両大にとって合併することは「お互いにWin-Winの関係」なのだと石原氏は語る。

では、合併後の慶大入試の志願者動向は一体どうなるのであろうか。石原氏は「東京歯科大の受験者数は来年にも大幅に増加するだろう」と前置きした上で次のように述べる。

「歯学部という学部柄、東京歯科大との合併後すぐに受験者数が大きく増えるということは考えにくい。とはいえ、薬学部合併の時ほどではないにせよ、合併後は着実に受験生が増えていくと思われる。特に成績上位層の受験生が増えるのではないかと予想される」

 

近年増える大学合併の陰にひそむ少子化問題

大まかな近年の大学合併の傾向として、私立大は縁のある大学同士での合併がみられると石原氏は分析する。

「今回のケースを見ても、東京歯科大の創設者は慶應義塾の出身であり、両大はもともとつながりがある。このように創立者の縁のある大学であったり、ミッション系の大学ならば母体となった宗教が同じ系列であったりと、何らかの関係性がある大学同士の合併がこれまでの主流。全く関係のない大学同士が合併するというケースはほとんどみられない」

どうしても大学の合併といえば経営難の大学を救済するというイメージを抱きがちだが、「そういった場合は国が動くことが多い」ため、経済的事情などの消極的な理由による合併は、非常に少ないレアケースなのだという。縁のある大学同士の合併の目的は、比較的積極的な理由のものが多い。

「まずはお互い自分の大学にはない学部を入れ込む目的の合併が目立つ。加えて、もともと関係はあるものの、法人が別であったために統合し、一つの大学としてのスケールメリットを活かそうとするための合併も近年では多い」と石原氏は解説する。

少子化が進む日本。2030年以降、首都圏でも18歳人口が減少することが予想されており、経営上の生き残りを考えたような合併も今後は出てくると予想される。実際、東京歯科大には、今後も学生を継続して確保していくことへの不安があったのではないかと指摘する声もある。とはいえ、慶大と東京歯科大の合併のような、名門大学で経営も安定しているいわゆる「勝ち組」同士の合併が今後も主流となることに変わりはないだろうと石原氏は推測する。

「少子化問題が年々深刻化していく日本の中で、多少のリスクは承知でも、医療系の分野において、前向きな大学の合併というのはこれからさらに増えていくであろう」

 

時代の変化と共に目まぐるしく変わりゆく大学群。少子化が進む中で、大学再編の物語はまだ始まったばかりである。

 

【プロフィール】

石原賢一(いしはら・けんいち)

駿台教育研究所進学情報事業部長。駿台予備学校に入職後、学生指導、高校営業、カリキュラム編成を担当後、神戸校校舎長を経て、2017年より現職。

 

(水口侑)