【映画評論】 『消されたヘッドライン』

消されゆく真実を追う 

真実は時に闇の中にあり、それは更なる深い闇を生む。しかし、真実を追う者はそれがたとえどんなものであったとしても、真実そのものを追わなければならない。それが新聞記者の仕事だ。
 ワシントンD.C.で起こった二つの事件。ひとつはドラッグ中毒の黒人少年の射殺事件。もうひとつは、連邦議会議員コリンズの女性秘書が謎の死を遂げた事件。ワシントン・グローブ紙の記者カルは二つの事件に奇妙な関連性を見出す。そんな中、カルの上司編集長キャメロンは、秘書と不倫関係にあったことが発覚したコリンズとの接触を命じる。しかし、取材を続けるうち事件は、アメリカに巣食う、あまりにも巨大な闇に近づいていく……。
 自分の取材方針を貫き続けるベテラン新聞記者カルを演じるのは、『グラディエーター』でアカデミー賞を受賞し、『L.A.コンフィデンシャル』『アメリカンギャングスター』などでクライムサスペンスにおいても確固たる地位を築いたラッセル・クロウ。今作でも、これまでの作品と同様に存在感のある迫真の演技を披露している。
 この主人公のカルはいわゆるヒーローではない。ジャーナリストの信念をただただ突き通す一人の人間である。だが、それが本来のジャーナリズムのあり方だろう。実際のところ、新聞を売るためには衝撃的なニュースなどが必要であり、社会構造上踏み込めない部分もある。即時性やスキャンダラス性にとりつかれずに真実のみを追うことは正直難しい。だからこそカルはジャーナリストの理想像なのだろう。新聞というメディアに携わる人間として深く考えさせられた。
 この映画の原題は、『State of Play』(現状)だ。その名の通り、この作品はアメリカの現状を克明に捉えており、情報がより速いウェブによる近年の印刷媒体の衰退、つまりウェブ上の情報メディア対印刷メディアの構図や、戦争を経済観念に還元する戦争請負ビジネスの闇などが今作品の中で中核をなしている。
 この作品の魅力はそういった部分だけではなく、アメリカに巣食う闇を解き明かすドキドキ感を感じさせてくれるところにもある。そして、ラストの結末には驚かされるだろう。また、なぜ日本版の題名が『消されたヘッドライン』なのかそこで始めて理解できる。
 何重もの「真実」が迫ってくる今作はメディアに携わる人だけでなく、多くの人々に頭を整理しながら観て欲しい。       (太田翔)