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福知山線事故被害者が語る 「伝える」ことの大切さ

自作の曲をギターで弾き語りする山下さん
自作の曲をギターで弾き語りする山下さん

「大きな闇取り囲まれても 君がいてくれることが光となり 一歩踏み出す勇気となる」
心の込もった歌声が会場に響く。JR福知山線脱線事故で重傷を負った山下亮輔さん(近畿大4年)が作詞した「君と歩く道」の一節だ。
7月1日、慶大三田キャンパスでメディアコミュニケーション研究所ゼミナール委員会主催の講演会「18歳の生存者 JR福知山線脱線事故と被害者報道」が開かれ、山下さんが自身の体験を語るとともに、自作の歌を披露した。
山下さんは2005年4月25日、大学1年生の時に死者107名を数えたJR福知山線の脱線事故に遭遇。事故発生後18時間、車両の中に閉じ込められ、43名が命を落とした一両目から奇跡的に救出された。
入院生活は約10ヶ月間に及んだ。長時間の筋肉圧迫からの解放後、全身に毒素が回るクラッシュ症候群と診断され、一時は両足切断の恐れもあった。
「足を残す」と決めてからはリハビリの日々。足の筋肉や関節が固まらないように、「骨を折った方が痛くないのではないか」というほどの激痛に耐え、足の曲げ伸ばしとストレッチを続けた。
しかし、リハビリ中のある日、突然右足に痛みが走った。検査の結果、足に液体がたまっていることがわかり、その液体をすべて流しだすまでリハビリを中断することに。「努力してリハビリを続けてきたのに、なぜこんな目に遭わなければならないのか」。本当に歩けるようになるのか、と絶望したという。
挫折を乗り越えられたのは、精神看護の専門看護師をはじめ、家族や医師が真剣に話を聞いてくれたから。「(相談したときに)がんばれ、といわれたことはなくて。いろいろな選択肢を示してくれたおかげで、前向きになれ、リハビリも再開できました」
退院一か月前、リハビリを担当していた理学療法士から「音楽を一緒にやらないか」と声をかけられた。トントン拍子に話が進み、退院翌日、記念ライブをやることに。会場にはお世話になった医師や看護師が駆けつけてくれた。「音楽で伝えるっていいものだな」。その後、ノートに入院中の体験などを通じて感じたことをつづり、事故から一年を経たイベントで自作の歌を披露した。歌だけでなく、昨年、事故や入院中の体験を綴った手記を出版。講演活動も積極的に行っている。
「山下さんの著作を読み、自分と重なる部分が多く、直接会ってみたいと思いました。私自身、帰国子女として悩んだ経験を塾の先生に打ち明け、気持ちが整理されたことがあったので」と本講演会を企画した畑間香織さん(政4)。「同じ大学生として、事故についてメディアから取材を受け、どう感じたか、メディアに興味のある学生に話してほしかった」と山下さんに講演を依頼したきっかけを話す。
事故当時から現在に至るまで、山下さんは各メディアから事故被害者として取材を受けている。「メディアの方は事故や僕に興味を持って話を聞いてくれるので話しやすい」と山下さん。
山下さんは看護師や家族など身近な人に相談することを通して事故のトラウマを乗り越えてきた。苦しいときでも人に「伝える」ことで状況がよくなる。メディアを含め、様々な方法で今、事故を経て得た実感を伝えている。
「僕のように特別な経験をしていなくても、周りの人に相談することは必ずできる。困難に直面したとき、この講演を思い出してくれたら」と最後に来場者に向けてメッセージを送った。 (西原舞)