本書は「三大奇書」の一つ『黒死館殺人事件』で高名な推理作家、小栗虫太郎が著した伝奇小説である。主人公は『黒死館』で探偵役を務めていた法水(のりみず)麟太郎が再度登場し、こじつけにも聞こえるような彼の超絶的な推理力は健在だ。

ミステリーは好敵手の存在が作品全体にアクセントを与えることがある。シャーロック・ホームズにとってのジェームズ・モリアーティ教授、明智小五郎にとっての怪人二十面相など、彼らは個性的な風采をまとって、作品全体に花を添えた。

今回法水の好敵手となるのが、日本の軍需産業を統べる茂木根合名会社の実権者、瀬高(せこう)十八郎だ。茂木根合名会社は日本を裏から操り、上層部直属の秘密機関が情報網をあらゆるところにタコの脚のごとく張り巡らせている。瀬高はその掌握を画策しており、目的のためには手段を選ばない。邪魔者を船と一緒に沈めようとするなどの非道をたくらむ冷酷な男だ。

法水と瀬高はことあるごとに対峙する。しかし、瀬高には法水を殺そうと思えば容易にできたにもかかわらず、彼に対して情けをかけたり、彼の命を惜しんだりして、なかなかそれが完遂できない。いつのまにか法水と瀬高は立場を超えてお互いを認め合い、一種の友情関係のようなものが生まれてくる。本書にとって、瀬高の存在は法水と双極をなすマストなものなのである。

また、本書の鍵となるのがタイトルにもある「鉄仮面」たる人物の存在だ。序盤で示されるフランスの鉄仮面伝説から着想を得たものであるが、法水の目的は瀬高の手中にあるこの人物を開放することにある。彼を発端として展開される、殺人事件という王道のミステリーや、恋愛要素、法水の死亡疑惑は見逃せない。

虫太郎の文章を悪文とみなす人は多いが、それはカタカナルビ付きの漢字やミステリーでは通常用いられない知識にあふれた、彼の衒学趣味な文体によるものが大きいだろう。とりわけ『黒死館』はその最高潮に位置する。

しかし、彼の文体は、趣味は悪いが、意識して創り出されたスタイルである。作家のスタイルは読み進めていくうちに慣れていく。本書は虫太郎の中でも比較的読みやすいテイストとなっているので、この風変わりな推理作家への登竜門としてぜひおすすめしたい。

(曽根智貴)