土方巽(1928-86)は日本の舞踊史から忘れ去ることのできない御仁である。彼は「暗黒舞踏」と呼ばれる独自の前衛舞踊スタイルを確立し、肉体とそれに付随するものを表現した。1978年に海外に進出以降、この様式は国際的に公認のものとして認められ始め、現在では「舞踏(※1)」という名称で定着している。

今から50年前の10月、東京・明治神宮外苑にある日本青年館では、土方巽による初のソロ公演「土方巽と日本人」が行われた。公演名から鑑みるに、これはそれまでの公演で「民俗日本」を追求してきた土方が、故郷である秋田を通して見た「日本人」、ひいては「日本」というものを打ち出したものかのように思われた。

しかしながら、公演は衆目の予想を裏切るものだったかもしれない。舞台上に君臨したのは「肉体」であった。絶食して上半身に肋骨が浮き出た土方の肉体に、暴力性と倒錯した性が露呈される戦慄の舞台だったのだ。この公演は当日のパンフレットに刻まれていたドイツ文学者・種村季弘の文章から「肉体の叛乱」と呼ばれ、それが今日の通称となっている。

慶大三田キャンパス南別館にあるアート・スペースでは、今月1日から来月2日まで、アートアーカイブ資料展18「土方巽トリックスター/肉体の叛乱1968―2018」が開催されている。これは「肉体の叛乱」という舞踏公演の意味を問うとともに、50年後の2018年から土方巽をどう見るかということに焦点を当てている。

アート・スペースに足を踏み入れると、まず正面に「肉体の叛乱」の公演映像が現れる。この舞踏において土方はさまざまな姿を舞台にさらけ出している。

「〈肉体の叛乱〉赤ドレス・ 黒グローブ」 撮影:中谷忠雄

腰部に黄金の模造男根を装着して激しく腰をくねらす動作を繰り返す土方には、まさに「肉体そのものに内在している危機」のようなものが現れていると思われる。また、土方は自らの肉体で性を超えることを渇望するかのごとく、髪を伸ばし女性用の衣装で舞台に立つ。模造男根と赤ドレスは実際に展示されているため、映像と一緒に確認してもらいたい。

「肉体」の「叛乱」という言葉だけを聞くと、「あなたの中にあってあなた以上のもの」の出現という響きを強く感じられる。自分の中に潜む自分ではない狂気的なものが肉体に憑依して現れる。我々も知らない自分が自分の中にいると感じたことはないだろうか。土方の舞踏はこのようなことを表現したものと見ることもできそうだ。

1968年と言えば、若者たちの不満が募り反乱の兆候が現れ、日本が大きく揺れた年だ。土方の舞踏は当時の闘争に呼応するようにもてはやされ、彼は時代の寵児となる。闘争における機動隊との衝突と土方の肉体を張ったダンスに共通するものがあったからだろう。その後土方はマスコミの注目をあび、映画や写真などを通して異形な姿を世間にさらされた。メディアに「土方巽」という作品が氾濫したのである。

UnBearable Darkness Work-in-Progress
12-13 Feb 2018 KAAT Yokohama, TPAM 2019
Photo by Hideto Maezawa

そして2018年の今、アート・スペースの奥では現代の舞踏家たちが土方の舞踏にどう反応しているのかを展示している。映像で流れているシンガポールの舞踏家、チョイ・カファイの「存在の耐えられない暗黒」は「肉体の叛乱」を意識したものだ。

また、壁には今年世界中で行われている舞踏公演のポスターが一面に張られている。アート・センターで土方巽アーカイブを担当している森下隆さんによると、これでもほんの一部であるという。彼の影響力がいかなるものか、これだけでも見ていて面白い。

そもそも舞踏とは何か。実はこれを定義することは困難である。困難であるからこそ絶えず問いかけることが必要だ。本展もまた「土方巽とは何者か、彼はトリックスター(※2)だったのか」「土方巽の舞踏とは何だったのか」を再考するのが大きな役割だ。

完成がない。それが舞踏の真髄なのである。

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※1:舞踏

「舞踏会」という用語に引っ張られて一般的に「ダンス」の日本語訳と考えられることが多いが、ダンスの世界では土方巽に始まる前衛的な様式のダンスを指す。

※2:トリックスター

神話や民間伝承などで、世界の秩序を混乱・破壊させる一方で、人間界に知恵などをもたらす文化英雄的な面を持つ存在。

土方巽、トリックスター/肉体の叛乱 1968―2018

2018年10月1日(月)~11月2日(金)
会場:慶應義塾大学アート・スペース(慶大三田キャンパス南別館1F)
時間:11時~18時
休館日:毎週土曜日・日曜日・祝日
料金:入場無料