忙しい日々のなか、仏教の持つ静かな雰囲気を味わいたい、という人が増えている。中でも「写経」という仏教の修行は聞いたことがある人も多いだろう。最近では自宅ですぐに写経を始められるような「写経セット」が販売されているほか、写経を体験できる寺院もあり、身近なものになりつつある。

東京・大田区の本寿院では毎日9時から17時までの間、1‌0‌0‌0円を奉納すればいつでも写経ができる。記者が実際に写経を体験し、住職の三浦さんに話を聞いた。

もともと写経というのは、印刷技術のない時代に、生きていくうえでの教えが説かれた仏典を伝承する手段であった。今ではその文字を書いて奉読することで功徳が得られるとされる。先祖供養のほか、心を穏やかにさせたいときや、願い事を叶えたいときにも写経が用いられている。

会場に入ると、まず初めに念珠を受け取った。心を清めるとともに悪いものをはじく、一種のお守りのようなものだという。仏教で不浄の手とされる左手にはめ、御仏の前で合掌祈念をした。

席に着いてまず驚いたのは、筆ペンが置かれていたことだ。すずりと筆を用意するのは大変だと思う人でも、これなら気軽に始められる。一般的に写経で書かれるのは、264字からなる『般若心経』だ。一番短くて書きやすい経典である。正座をして呼吸を整え、再び合掌祈念してから書き始めた。

写経用紙の上からなぞるため、初心者でもやりやすい。ただし途中で雑念があると字が乱れてしまうため、一字一字丁寧に書くには集中力が欠かせない。最後まで書くのは地道な作業で大変かと思ったが、書き終えるまでの1時間はあっという間だった。最後は氏名や日付とともに願い事を書く。記者は「開運」の二文字を入れ、仏前に奉納した。奉読祈願してもらえるそうだ。

本寿院には休日であると10~20人ほどが写経体験に訪れており、若い人も多いという。なぜ、写経が人気を集めているのだろう。「仏道修行の中でも一番簡単にできるためではないか」と三浦さんは語る。

写経はもちろん自宅でもできるが、その場合、一度に全部書く必要はないという。「一日一字でも一行でも良い。仏様に一歩近づこうと思うのが一番良い」自分のペースで進めても、功徳は十分にあるそうだ。

写経は脳の活性化にもつながる。東北大学の川島隆太教授と学研の共同研究では、認知症予防に写経が非常に効果的であることがわかった。効果を求めるのは本来の目的ではないが、病気から回復した例もあるくらいで、健康への良い影響は期待できそうだ。

慌ただしい日常からいったん離れ、自分と向き合う時間というものも大切だ。写経をすることで、心が調ってゆく清々しさをぜひ実感してほしい。
(原科有里)