【塾生の見た戦争】第6回 資料が語る塾生の姿 何を想い、生きていたか

当プロジェクトを担当する都倉准教授
当プロジェクトを担当する都倉准教授

日本の夏休み、その始まりはちょっと暗い。多くの犠牲者を出した我が国では例年、8月15日に向けテレビや新聞各界で、太平洋戦争の特集が組まれるからだ。そして9月現在、「戦争」の文字を見かける機会は一気に減っている。

戦争を振り返りそこから学ぶという作業が、形骸化していないだろうか。第6回目の今回からは、戦争の記憶をいかに継承していくことができるか、考えたい。

義塾の取り組み

慶大でも、2013年11月に始まった「慶應義塾と戦争」展覧会が今年の8月で完結した。当展示会を主催するのは「慶應義塾福澤研究センター」内で立ち上げられた「慶應義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクトである。

本プロジェクトは、収集した資料を使い今後の戦争記憶の継承に繋げることに真の目的がある。「戦争の調査活動は戦後70年を目指して始めたのでなければ、これを機に終わることもない。むしろやっと軌道に乗ってきたところだ」と、当プロジェクトを担当する慶大都倉准教授は語る。

大学機関でも戦時の資料を保管しているところは少ない。その上体験者は年々減っていく一方だ。まだ生存者がいるうちに戦争に関係する資料を収集・整備し公開していくというのが、本プロジェクトの趣旨である。

慶大医学部卒 佐々木正五さんの遺品。   法医学の授業に使っていたノートが、ある日から戦地での日誌になった。   「慶應義塾福澤研究センター」所蔵資料
慶大医学部卒 佐々木正五さんの遺品。
  法医学の授業に使っていたノートが、ある日から戦地での日誌になった。
  「慶應義塾福澤研究センター」所蔵資料

一つではない 戦争のかたち

調査活動は戦争当時に使用された資料の収集から当事者の体験談の聞き取りまで、多岐に及ぶ。調査対象は「慶應にまつわるもの」全てであり、塾生の所有していた赤紙や生活用品なども含む。

集まった膨大な資料を整理するのは、途方もない作業だ。しかし、このプロジェクトの価値はその緻密さにある。公的資料のみが重視され保管されてきたが、本当は人々の日常生活にそれぞれの戦争の姿がある。戦争の形は一つではないし、誰かがこうだと決めつけてもいけない。

展覧会では、集めた資料を出来る限り「原本(オリジナル)」のまま公開することにこだわった。整理した情報を与えるのではなく、見る人に自分で考えて欲しいからだ。右や左という枠組みでは、当時のことを正しく語ることが出来ない。また原本だからこそ得られる気づきもある。

例えば、出征した塾生が戦地で記した日記の表紙にはペンマークが印刷されている。講義用に使っていたノートをそのまま使いまわしていたのである。そう考えると、ただの学生が兵士に駆り出されていた異常さが、より実感を持って迫ってくる。日記の本文を活字で読んでもわからないことだ。

戦後70年 語り手の交代

すべての展覧会を終えた今、学生の関心をどう引くかは未だ課題として残る。「歴史資料として、単純に塾生なら興味をもつかなと思うものも展示し工夫したつもりでしたが、反応は薄かったように感じます」。

戦後70年。「私の戦争」を語る人間が世を去り行く今、新たな継承方法を考えなくてはならないだろう。残った私たちが戦争をできるだけ身近なものと捉え知ろうとすることが、その始まりになる。
(上山理紗子)

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「慶應義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクトでは、現在も戦争の時代を記録する資料を収集しています。

〈対象となる資料〉

慶應義塾や慶應義塾関係者(塾生・塾員・教員・職員など)に関連する学生生活、軍隊生活戦争体験、占領下での生活などに関するあらゆるもの。

〈問い合わせ先〉
FAX;03・5427・1605
MAIL;fmc@keio.ac.jp

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