【連載主旨】 多事「創」論
「自由の気風は唯(ただ)多事争論の間に在りて存するものと知る可し」「単一の説を守れば、其の説の性質は仮令(たと)ひ純精善良なるも、之れに由て決して自由の気を生ず可からず」。世の中は一つの考えでまかり通っている訳ではない。多様な意見こそが決められた道のない今の時代を生きる我々にヒントを与えてくれるはずだ。福澤諭吉が唱えた自由の気質になぞらえ、広く多くの意見を集めて現代社会の課題を考えていきたい。
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名古屋大総長 圧縮

~「大学は本当に必要か」 多様性が今後のテーマに~

勇気ある知識人の養成 聞くだけでなく実践を

近年、世の中は高度に文明化が進むあまりマニュアル化社会になってきたように思える。それゆえにか異質性を強く排除する社会になっていることを感じる。その中で大学生も個性を出すことを恐れているのではないだろうか。

しかし、現代は昔のように組織的に動いていれば、右肩上がりに成長していく時代ではない。そうした考え方を1度リセットし、若い人が多様性や個性、先を見る戦略性を養うとともに、困難を超えて実行していく力をつける必要がある。

名古屋大学の学術憲章では、「自由闊達」と「勇気ある知識人の育成」の2つを掲げている。その中で特に「勇気ある知識人」はどうしたら育成できるかをずっと考えている。大学の講義室で座って話を聞いているだけで、知識は身につくだろうが、果たして勇気が身につくのだろうか。勇気を身につけるには実践が必要であり、能動的な作業があって初めてついてくるものだ。

大学での勉強期間は社会に出るための準備

総長になって5年経つが、学生に言い続けていることが2つある。名古屋市内に住んでいても下宿をすること、海外に行くことだ。人間は一人前になるためには、孤独を体験しなくてはいけない。

大学で勉強する期間はこの世の中でどう生きていくのか、何をするのか、を考えながら社会に出ていく準備をするためのものだ。海外、特に東南アジアなどの発展途上国に行くと異文化、全く異なる価値観に出会うことになる。そこに自分を放り込み、今までの自分の価値観や判断が本当に自分のものなのかを見つめ直す。また汗をかき格闘しながら、小さな成功体験を繰り返すことで、人間には自信がつく。さまざまな体験をすることで、講義室での講義も違ったものとなってくる。

本質的に大学とは社会に出ていくのに脱皮をするための場所であり、そのためにはきっかけを与えなくてはいけない。そのきっかけにはいろいろあるが、その選択肢の1つとして海外に行くことを勧めている。

留学生の受け入れ重視 名古屋をアジアのハブに

学期制の話が最近よく取りざたされるが、問題は形式よりも、留学生をどう受け入れるかだ。それに伴う障害を取り除く手段として、秋入学や4学期制という話がある。そもそも留学生が日本の大学に、在校生が海外に、行きたいと思うような環境を作ることが必要だ。

その中でも特にアジアは世界人口の約7割が集中しており、経済面で劇的に変化、発展してきた。同時にさまざまな問題も噴出している。21世紀の大きなテーマである持続可能性、そして人類社会の未来を考える上で、アジアは非常に重要な分野だ。アジア全体を幅広い意味での勉強の場として考えている。

また、留学生として名古屋大学に在籍し卒業した学生を大切にしている。法律、医療行政、農学、開発行政の人材を育てることに力を入れ、アジア各国において、副大臣、省庁の局長や次官など国家の中枢を担う人材を輩出してきた。現在ではアジア全体で13か国に同窓会の支部がある。アジアにおけるネットワークの点では他大学よりも強固なものがあり、アジアのハブとしての名古屋を目指している。

新たな環境への対応 大学は価値を示せるか

生物の進化を考えてみても、環境の変化に対応するために多様性がある。文明の進化も生物の進化と同じで、環境の変化に対応できる文化の多様性がなくてはならない。今の日本社会は均質化が進んでいる。しかし、イノベーションには、不連続な新たな価値の提示が必要だ。このような状況でイノベーションを起こせる人材が日本にいるかと言えばかなり怪しい。また、過去に日本でイノベーションを起こしてきた松下幸之助や本田宗一郎らは大学を出ていない。大学は本当に必要なのだろうか。大学を出るだけの価値があるものを大学は提示できているか。それが大学の根源の問題だ。大学は、若者が自分の可能性を掴みたいと思う場でなければならない。

多様性が今後の大きなテーマになるだろう。生物も社会も変異がなければ進歩はない。そのために、大学生には講義室と自分の部屋を行き来するだけの生活を見直して多様な経験を積んでほしい。


名古屋大学
名古屋大学は9学部14研究科その他多数の研究施設を擁する、わが国屈指の基幹総合大学。「自由闊達な学風,豊かな人間性を持つ勇気ある知識人の育成」を学術憲章に掲げ、優秀な人材を世界に多数輩出。21世紀に入り、4名の関係者がノーベル賞を受賞するなど、世界レベルの卓越した研究力を誇る。さらに、「名古屋大学からNagoya University へ」をスローガンに世界をリードするグローバル人材の育成に取り組んでいる。