10月27日 vs大東文化大学 ○ 94―64
10月28日 vs大東文化大学 ○ 106―84

試合終了直前、鈴木の頬を涙が伝った。

運命の2戦目も4Qに入り、勝利がほぼ確実になった慶大の主力メンバーが次々と拍手につつまれながらベンチへ下がる。その中で、#4鈴木(4年・仙台二)はコートへ残っていた。主力メンバーに代わり、ベンチに入った4年生、#5竹内(4年・福岡第一)、#6青砥(4年・松江東)とともにプレーを続ける。すると#5竹内が遠目の位置から3Pシュートを決めた。気付けば#4鈴木の目から、涙が溢れていた。

「尚(#5竹内尚紀)があんなところから、最後に3Pを決めるから(苦笑)。あれは(こみ上げるものがあって)ヤバイ、本当に勘弁してくれって思って、泣いちゃいました」(#4鈴木)

試合時間残り20秒を切って、応援席のメンバー達がスタンディングオベーションを始めた。それに呼応するように、ベンチの選手たちも立ち上がる。やがて、試合終了を告げるブザーが鳴った。2部降格の屈辱から365日目。あの日悔しさの涙に暮れた選手達の表情は、一様に喜びの色に染まった。

「最高ですね。本当に最高。良かった……。(昨年の入れ替え戦で)負けた時から、ずっとこの勝負がかかった2戦目のことばっかり何十回と考えてたんで。それが現実となったことに感動していますね」(#4鈴木)

「やってきた目標を達成できて、感無量ですね。良かったです」(#7岩下、2年・芝)

「最高ですね、本当に(笑)。1年間頑張って練習してきた甲斐があった。報われました」(#12田上、3年・筑紫丘)

「1年間、この日のために頑張ってきたと言っていいんで、2勝出来て1部に上がれて良かったです」(#15酒井、2年・福岡大附大濠)

相手は奇しくも前年と同じ大東大。今の大東大に当時の主力メンバーはほとんど残っていないが、彼らはリベンジに燃えていた。そして、その思いを素直に試合にぶつけた。2戦合計で52点もの大差をつけ、慶大が、本来いるべき場所――1部へ、1年での復帰を決めた。

大差で終わった入れ替え戦。疑問を感じた大東大の「姿勢」。

それにしても、これが入れ替え戦なのか――。

そう思えるくらい、試合の流れは一方的だった。2試合とも、序盤こそ大東大は慶大を相手に互角の戦いを演じるが、40分間走りきるバスケットを貫いてきた慶大の敵ではない。この2戦最大のハイライトは1戦目の3Qだった。前半を18点ものビハインドで折り返した大東大は、序盤に網チャージ。開始2分で、前回記事で要注意人物として挙げこの試合それまで当たりの無かった#41山本の3Pなどで一気に10点を加える。しかし、2部とはいえ何度もタフなゲームをこなしてきた慶大はひるまない。#7岩下が決めて再び2ケタの得点差とすると、集中を取り戻した慶大のディフェンスを前に大東大のオフェンスは完全に止まってしまう。なんと大東大は3Q2分に#9石原が決めて以来、4Q開始1分までの9分間を無得点で過ごすこととなった。得点は、47―39から72―39へ動いた。

「(慶大の一方的な展開になった要因は)ディフェンスかな?あっちはもともと一対一の能力のある選手がいるわけじゃないので、しっかり抑えるべきところを抑えたり、ディナイしたり、っていうのを気をつけていくと、24秒で攻められないとかそういう展開になると思うんですね。誰かに任せてしまうっていうような。それを継続していくのは体力的にもきついんですけど、どんどんやっていくことで相手が攻め気を失う。それが最初から出来て、相手が諦めたのが良かったと思います」(#4鈴木)

地力の差は覆らない。慶大は2戦目も前半で18点のアドバンテージを築いた。佐々木HCは1戦目終了後に「#7岩下がゴール下で立っているだけで(#7岩下の高さを恐がって)、ゴール下まで仕掛けて行っても(外への)パスになっている」と話していたが、大東大もその前日の反省点を活かし、何とかインサイドで勝負しようと速い展開でオフェンスを仕掛ける。しかし、トランジションでは慶大に一日の長がある。ポイントである#41山本も、#16二ノ宮(2年・京北)の好ディフェンスを前に思うようにプレー出来ない。リードを保ち、2戦目も慶大が逃げ切った格好となった。

佐々木HCは初日の試合後「(大東の実力は)多分あんなもんだと思う。最初から20点くらいの差になるとは思っていたので、額面どおりかな」。しかし、これほどまでの大差で慶大が勝利したのは、大東大の精神状態もあったと感じられる。昨年は威勢よく野次を飛ばしていた応援席も、今年はどことなく元気が無い。まるで勝利を諦めているかのような雰囲気が漂っていた。リーグ最終戦での西尾コーチのコメントも象徴的だ。

「一生懸命頑張って、ワンプレーワンプレー大切にすれば、何か得るものがあると信じて、頑張って行きたいと思います」

まるで、半ば諦めたかのようなコメントだった。

 思うことがある。これほどまでに緊張感の無い入れ替え戦を戦い、勝利するために、慶大は2部を必死に戦ってきたのか。確かに2部リーグの厳しい環境は、慶大にとって大きなものを残してくれた。この経験は、今後のインカレや来シーズンの戦いのベースになっていくだろう。だが、その慶大を破って1部で戦う権利を手にした大東大には、何か得たものはあったのだろうか。そもそもの問題として、その「何か」を得ようとしたのだろうか。今回の入れ替え戦からは、大東大のそういう姿勢が私には感じられなかった。2部で敗れていった明大や国士舘大には、この2日の大東大の何十倍も「気持ち」が感じられた。こうして記事を書いている今も、心のどこかに引っ掛かったような気持ちが残ったままである。

厳しい2部リーグを勝ち抜いた慶大は、「勝者のメンタリティー」を得た。

2部を戦い抜き、入れ替え戦で勝利したチームにとって大きかったこと、それはやはり、何を差し置いてもキャプテン・鈴木惇志の強いキャプテンシーだった。

「あいつが頑張ってくれたからこれだけ(1部復帰まで)行ったと思う。技術的には他の選手に劣る面があるけれど、やっぱりここ一番の集中力というか、自分を表現するのが上手な子で。それは慶應にとっては財産なので、他の連中がそれを見習えるようになって欲しい。例えば(#10小林)大祐(3年・福岡大附大濠)みたいなシュート感覚があるわけじゃないんだけど、リバウンドを取りに行ったりだとか、速攻で走ったりとか、ルーズボール取ったりとかは我々の財産なので。その実践をしてくれたっていうのが、多分下級生に受け継いでいかれると思います」(佐々木HC)

春のトーナメントの際は#4鈴木の緊張がメンバーに伝播して、チームとしてゲームの入りが悪くなることがあった。しかし、春にしっかりと結果を残し、秋も勝ち続ける中で#4鈴木の求心力は絶対的なものになったと思う。

その求心力、キャプテンシーの帰結点は、何といってもどんな展開のゲームでも勝ちきれる「勝者のメンタリティー」だ。リーグ戦で得たものは、という問いに「やっぱり『勝ちきる』ってことですね」(#16二ノ宮)、「苦しい場面、苦しい場面で、逃げずに戦っていったことが、最後に『粘り』に繋がったんじゃないかと思います」(#12田上)という答えがあったことからも、それが分かる。リーグ戦を通じて危ないゲームは少なくなかったし、実際にリーグ戦では明大に連敗し崖っぷちに追い込まれた。その悪い雰囲気の中でもしかし、筑波大に2勝することが出来たのはこの1年でメンタル面での大きな成長があったからだった。また、厳しい経験を突きつけられた昨年の経験も、メンタル形成に活きたと言えよう。

トランジションの貫徹。1部のバスケットを変え、日本のバスケットを変えるために。

慶大がこの入れ替え戦に大差で勝ったことは、このチームが現有戦力で1部でも上位争いが出来ることを如実に示していると言って良かろう。しかし、リーグ戦序盤の戦いぶりから見ると、とても入れ替え戦にたどり着けるとは思えなかった。それでも、佐々木HCはこう話す。

「積極的なトランジションをやらせたので、ああいうの(格下のチーム)とやると自分達のオフェンスもすぐ終わって相手にオフェンスの時間を与えてしまって、どうしても相手のオフェンスの回数が多くなるんです。だから相手は気持ちよくやってるような感じなんですけど、でもそれはこっちの作戦なので。だいたい20点以上点差が開いてると思うんで、我々としてはそんなに悪い戦いじゃなかったと思ってる」

トランジションの貫徹。慶大バスケットの真髄である。去年の入れ替え戦での敗因の一つは、まさにそのトランジションが出来ずセットオフェンスの回数が多くなってしまったことだった。持ち味を出せずして、勝利出来るほど勝負の世界は甘くない。しかし、なぜ佐々木HCはトランジションというスタイルに拘るのか。

「もう一回1部を活気あるリーグにするために我々が1部の切符を取らなきゃいけなかった。のんびりやるバスケットっていうのは、多分NBAを見れば分かるだろうけどあんまりない。それをみんな勘違いしてやっているところに、我々が殴りこんで、今度は1部で全試合100点ゲームをするくらいに走らせます。そこからJBLのチームも変えさせますよ。トーステン(ロイブル前HC)がいる時は、トヨタは良いバスケットをやってたのに、彼がドイツに帰った後に元に戻ってるっていうのは情けない。それだから世界選手権の予選リーグをやっても勝てないんですね(2006年、日本で開催された世界選手権で日本は予選リーグ敗退)。我々のメンバーじゃ(世界には)勝てないけど、でもそういうこと(トランジション)をやって可能性を探る。背が小さいヤツをスピードで対抗させる。だって、サッカーで出来てるのに、なんでバスケットが出来ないのか。あんなに広いコートなのに、それでもサッカーではスピードを追究してやっている。こんな狭いバスケットのコートだったら、背の高い相手でもダブルチームなら絶対活路がありますよ。あがきます」

 記録を辿ると、2004年にインカレを制した慶大のスターター5人の平均身長は180センチ台半ばだった。トランジションは伝統、というよりサイズが無いゆえの苦渋の選択とも取れる。しかし、トランジションは大学バスケット界のトップに君臨する青学大もスタイルとしている。このスタイルがいずれ日本のバスケットのスタンダードになる日は、いずれやって来るだろう。問題は、それをどれだけ早い時期にもたらせるか。慶大が1部に復帰した意義は、佐々木HCが話すようにそういう意味でも大きいと言える。

バスケットに限らず、スポーツの全体的な戦術は、革新的なスタイルをもたらすチームの存在によって大きく変化する。日本バスケットのキャリアパスとして、関東大学1部リーグというのは重要な舞台だ。慶大が1部に復帰した今、止まりかけた歴史の歯車は、今再び、しっかりとその動きを刻んでいる。

大学バスケットはいよいよクライマックスへ!

1部2部入れ替え戦のもう一つのカードは2部2位の筑波大が、66年に関東学連が現行の形になってから常に1部を守ってきた日体大を2勝1敗で破り1部昇格を決めた。3戦目は日体大が好ディフェンスを見せたが4Qに大失速。センターの#15宮村徹が4Q開始早々に4ファールとなってしまいインサイドでタイトなプレーが希薄となり、エースでキャプテンの#27眞庭が得意のロングシュートで最後まで活路を見出せなかったのが大きかった。試合終了の瞬間の両チームの表情は対照的。筑波大が応援席の部員全員がコートになだれ込み喜びを爆発させたのに対し、重い伝統を背負いながら遂に2部降格が決まってしまった日体大の選手達は、しばらくベンチから立ち上がることが出来なかった。こうした喜びと悔恨の思いが交錯することこそが、入れ替え戦の醍醐味である。

さて、少し話が逸れたが1部昇格という最低限の目標を達成した慶大は、今後六大学リーグを経て11月末からのインカレに臨む。慶大は筑波大勝利の結果「関東7位」扱いとなり、インカレでは順当に行けば2回戦で早大、準々決勝で東海大と対戦することとなった。

「目標は優勝。始めから言ってある。優勝以外ない。低い目標を立てても意味がない。勝ちますよ、多分。多分今やってるのは筑波が勝つでしょうから(インタビューの段階では筑波大と日体大は対戦中)、東海。東海には去年から(フルメンバーのチームの対戦で)負けてないし、今年も勝たなきゃいけないので。東海までは多分行きますよ」(佐々木HC)
 
泣いても笑っても、これが1年間の最後の戦い。春、府中の住宅街で始まったシーズンも、いよいよクライマックスとなる。佐々木HCの予言は現実のものとなるのか。12月7日、慶大は1部復帰以上の歓喜の瞬間を迎えられるか。

1ヵ月後を待ちたい。

(2008年10月31日更新)

文・羽原隆森
写真・羽原隆森、阪本梨紗子
取材・安藤貴文、羽原隆森、安齋千晶、阪本梨紗子、湯浅寛