日本の宇宙産業の未来を担い新たな時代を切り開く大型基幹ロケット、H3ロケット。

現在運用中の国産ロケット、H-IIAロケットの後継機として位置付けられ、10年前から開発が開始された。第1段エンジンの開発に苦戦し、昨年3月に初号機を打上げたものの第2段エンジンが着火せず失敗。その後原因を分析し、今年の2月にやっとの思いで試験機2号機の打上げに成功した。

 

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の岡田 匡史(おかだ まさし)さんはこのH3プロジェクトを引っ張るプロジェクトマネージャ(※)だ。東京大学で航空宇宙工学を学んだ後、慶應義塾大学大学院で博士号を取得。H3ロケットの前身となるH-IIAロケットのエンジン開発にも携わった。プロジェクトマネージャとはどのような仕事なのか。慶應義塾大学大学院生時代の研究はどう生きたのか。大学院への入学から振り返ってもらった。

※取材当時の役職。岡田氏は4/1日付けで宇宙輸送技術部門担当理事に異動した。

大型ロケット組立棟から射点に移動するH3ロケット

JAXAの業務と二足わらじの研究生活

 

──JAXAに入った後、45歳になってから慶大の大学院に入学されています。動機はどのようなものだったのですか。

修士を卒業後、JAXAに就職しロケット関連の仕事をしていましたが、自分の専門性を感じることができず、自分が組織に埋没している気がしたんです。もしJAXAから離れてしまったら、自分には何もないような気がしていました。45歳にもなってそれではいけないと思い、一度初心に立ち返って研究をすることで「自分が何者か」というのを作り直そうと思ったのがきっかけです。

システムデザインマネジメント研究科(以下、SDM)は文理融合で、社会学的なことも扱っている学科でした。H3ロケットのような大規模なシステムを創造していくときの技術マネジメントの在り方に新しい発見ができると思い入学しました。

 

──SDMではどのような日々を送られていましたか。

自分が入学する時、学科そのものが出来たばかりだったんですよ。1期生なんです。先生も手探りだったようで、先生も学生も一緒になって勉強していてまさに「半学半教」でした。

日々の生活としては、JAXAに勤めていたため筑波から日吉まで通わなければいけなかったんですよね。ドクターコースでは授業単位がほとんど必要なかったんですが、せっかくだから授業を受けようと思って業務終わりの日や土曜日にできるだけ履修していました。研究室も同じで、平日の夜遅くか土曜日に論文指導をお願いしに先生のところへ伺っていました。

大学院時代のエピソードについて話す岡田さん
──そんな日々の中で一番思い出深かった事は何ですか。

やっぱりSDMは社会人大学生が半分以上いるような学科で、みんなやる気があって貪欲でしたね。自分が学びたいことがどうしてもそこにあって学びに来る人たちはガツガツ勉強するんです。

そんな社会人学生の皆さんや、もちろん一般の学生さんたちと一緒に課題をこなしてた時は楽しかったですね。いろいろな人たちが集まる、ある種の坩堝の中で勉強できたのは良い経験だったと思っています。

 

──SDMでの研究内容を教えてください。

「国家プロジェクトにおける価値伝達を重視した技術マネジメント」という内容で研究をしていました。ここの「価値伝達」という単語がキーワードです。例えばロケットの設計は、JAXAではなくメーカーが行うんですよね。例えばH3ロケットでは、将来的に打上げサービスを実施する三菱重工業にとって扱いやすいロケットとするために、JAXAは三菱重工業にロケットの設計開発をゆだねています。JAXAが決めたH3ロケットのコンセプトを元に、仕様の決定など基本的な部分から三菱重工業が作るんです。その時に、多額の国の予算を投じることもあり、JAXAの意図に沿わないロケットができてしまっては困りますよね。だからJAXAが本当に目指したいところの想いを三菱重工業の人たちにしっかり伝えて、その範囲の中で三菱重工業自身が使いやすいロケットに設計いただくことが必要です。ここで、もし見当違いなゆだね方をしてしまうと全く違うロケットが出来てしまいます。そこで重要となるのがこの「価値伝達」なんです。H3ロケットの価値は何か、その価値さえしっかり伝わっていれば、思い描いた通りのロケットが完成します。

本研究をしていたのはH3プロジェクトの発足前でしたが、JAXAとメーカーの関係は将来的にそうなると思っていたので「価値伝達」にフォーカスして現状の価値伝達の問題を分析し、それを解決するための価値伝達フレームワークを提案しました。

岡田さんが書いた実際の論文

 

国家プロジェクトを背負うということ

 

──エンジニアは業務内容をすぐ想像することができますが、プロジェクトマネージャ(以下、PM)は想像がつきにくいと思います。どのような仕事なのでしょうか?

PMもエンジニアなんですよ。プロジェクトとは「あるユニークなことを限られたリソースで成し遂げる」事で、PMはそのハンドルを握る仕事なんです。

システムエンジニアリングとマネジメントというのも、似ている部分が多くて難しいんです。システムエンジニアリングはシステムに主眼を置いたもので、「このシステムをどのように実現するか」というシステムを見た時のアプローチの仕方のことです。プロジェクトマネジメントというのは人、お金、時間を主眼に置いていて、それらをどのように転がしながらプロジェクトを進めていくかを指します。ロケット開発でいうと、それぞれ軸足の置き方が違うだけで、ロケットという巨大なシステムを作ることを目的にしている、という意味では同じなんですよね。

 

H3ロケットの検討は、12年前、「次の時代を支えるロケットが欲しい」というようなぼんやりとした願いからスタートしました。その曖昧なものがどのように現在のH3ロケットになっていったかというと、まず、次世代ロケットに求められるものは何なのかという要求分析を徹底的に行って、そうするとだんだん全体のシステムが決まっていきます。しかし全体構想が出来ても、システムの巨大さ故にそのままでは扱いきれないので、パーツごとに分割し詳細検討・設計・製造を進めていきます。そうすることで、ロケット開発が人の手に負えるものになっていくんです。

分割したパーツごとに、設計して実験して、最後に全てのパーツを製造し組み上げてロケットが出来上がります。システムエンジニアリングでは、このようなシステム開発の開始から終了までの流れを表したモデルとして「V字モデル」がありますが、このV字モデルには時間や人員を表す要素がありません。PMは、システムエンジニアリングの観点に加え、時間や予算、人員といった要素を考慮してプロジェクト計画を策定し、全体の進捗を管理します。プロジェクト計画を進めていくにあたっては思ったように進まないこともありますが、人員やお金の流れを調整しながら不測の事態に対応し、ゴールを目指していくのもまたPMの仕事です。

 

皆さんも学園祭でクラスの出し物をやったことがあるでしょう。あれも一つのプロジェクトで、予算があって人がいて、出し物があって。例えばお化け屋敷等がありますけど、設営だったりお化け役だったり作業を分担して進めて最後に企画を実現するじゃないですか。その時、誰かがリーダーとして全体を見ておかないと、手分けして行った作業を結合して仕上げようと思ってもうまく仕上がらないですよね。PMはそれに似た仕事とイメージいただければと思います。

国家プロジェクトを背負う大変さを語る岡田さん
──研究内容である、「国家プロジェクトにおけるマネジメント」はH3プロジェクトで活きましたか。

役に立ちましたね。そのなかでも一番役に立ったなと思うのは「プリンシパルエージェント」です。

どういうことかというと、発注者と受注者、両者は非対称の関係にあります。JAXAから見るとメーカーさんは仲間だと思っていますが、メーカーさんはJAXAのことをうるさい人(笑)たちだと思っているんですよね。これはアンケートを取ると如実にわかります。一見イコールパートナーに見えるし、一緒にやりましょうねって感じなんですけれど、深掘りしていくとそういった関係性が見えてきます。自分が見ている相手の姿と相手から見た自分は必ずしも同じではないんです。例えばJAXAにおいても、役所の方々とは政策調整等を行いますが、我々JAXAからすると役所の方々を厳しい人たちだと感じる場面もあります。もちろん悪い関係性ではないんですけど仲間という感じではないんです。これと同じように、JAXAの人はメーカーさんのことを仲間と思っているんですけど、メーカーの人からすると我々JAXAは仲間というよりはうるさい人(笑)。こういう関係性がどうしてもあるんですよね。もちろん悪い関係じゃないですよ。ただ、そういう関係だということを心得てマネジメントしないと勘違いが起きてしまいます。

ここは自分の論文でも一番のキーメッセージであり、実際H3プロジェクトをマネジメントするにあたっては、意識的に行動を変えていましたね。相手に負担がかからないように心がけていました。

 

──もともとの技術職からプロジェクトマネージャという立場になり、変わった価値観や物の見方はありますか。

JAXAのエンジニアは、もともとマネジメント要素を含むので、大きく違ったところはないんです。ですがモノに向かう事よりも人と向かう事のほうが多くなりましたね。PMは人を通してモノを見ている感じです。人と接することが多くなったのが一番の違いですね。PMの仕事の9割はコミュニケーションだと言われています。ロケット開発はプロジェクトチームだけでできるものではないので、いろいろな人に支えられてロケットが仕上がっていくという事をPMになって強く意識するようになりました。

これは論文でも書いていて、公共性の高い宇宙開発だと、国民の中で宇宙に関心が高い人たち、関心が低い人たち、それらと宇宙開発の現場をつなげるマスメディアがあって、それらから国民の意思を汲み取って政策に落とし込む国会議員や役所の人たちがいて、JAXAが実行するという関係性があります。この関係性を理解して仕事を進めるというのがエンジニアの時と比べて変わった点だと思います。こういった背景もあり、H3プロジェクトでは、国民の皆さんになるべくH3ロケットのことを知ってもらいたくて広報に力を入れているんですよ。

 

──H3ロケット開発で行き詰まったとき、どのような心持ちで問題に向き合っていたのですか。

前提として自分の仕事に対して、「好きなことをやっている」という自覚を持っていないといけないですね。そして、自分たちが乗り越えないと日本の未来がないという使命感ですかね。

でも、どうしても乗り越えられない時は気分転換するしかありません。自分の場合、ルーティンにしているのはジムとピアノですね。ピアノは大人になってから始めました。JAXAで仕事をしながら博士号取得のための勉強をしていた時、あまりの忙しさに発狂しそうになり、何か隙間でやろうと思って慶應に通いながらピアノを始めました。でも結局余計忙しくなっちゃったんですけどね(笑)。

 

H3ロケットについて熱弁する岡田さん

 

学生に伝えたいこと

 

──理系の学生に対してH3プロジェクトで注目してほしいポイントはありますか。

ロケットって姿形が似たり寄ったりなんですよね。H-IIAとH3を並べたときに何が変わったのか、外見からだけではわからない。そういった外見的なところだけではなく、理系の方には、「H3ロケットで何を実現したいのか」という想いが、どのようにして今のシステムになっていったかの軌跡を追ってほしいですね。H3には「安心して乗ってもらえるロケット」「使いやすいロケット」「世界中の人たちに利用してもらえるロケット」というコンセプトがあるんですけど、一言に「使いやすい」といっても、コストだったり整備性だったりいろいろあるわけです。例えば、H3ロケットは「ロケットを特別な乗り物にしたくない」という想いで作られているので、宇宙専用の部品をあまり使っていません。H3ロケットの部品の90%が自動車用部品です。特別な部品を極力使わないことが結果的にコストカットなどにつながっています。更にはできるだけ物をシンプルに作って、運用性の向上を図っています。コンセプトの実現のためにこのような工夫をしている点が外からも幾つか見つけることができるので、見てほしいですね。

 

──文系の学生に対してH3プロジェクトで注目してほしいポイントはありますか。

H3ロケットは技術開発のロケットではなくて、事業開発のロケットである事を知ってほしいです。H3ロケットは、単にロケットの技術を進歩させるために開発されたわけではないんです。宇宙輸送の姿を変えることを目標に、ビジネスモデルを描き、それが形になったのがH3なんです。

コストを落とすためには打上げ機数を増やさないといけませんが、そもそもロケットに乗るペイロードがいないことには、増やそうにも増やせません。H3ロケットは、日本の宇宙計画に定められた人工衛星等のミッションを打上げることを第一目的としていますが、それだけだと数が限られてしまうので、機数を増やすにあたって足りない部分を海外のマーケットから取ってくる必要があります。ですから、国際競争力の確保も重要な要素です。H3はそういった事業ドリブンで開発されたロケットだと知ってほしいです。

岡田環小田崇礼