ある女性が、10年間にわたって中国語版ウィキペディア上でロシアの歴史に関する記事を書き続けた。2022年6月、その多くは彼女が考えたフィクションだと判明した。その間、誰も「架空の歴史」に気付くことができなかった。

「早稲田ウィキペディアンサークル」(Twitter=@Wikipedian_W)の代表を務めるユージン・オーマンディさん(仮名、以下Oさん)が、衝撃的なニュースを教えてくれた。Oさんは、「ウィキペディアはまとめサイトに過ぎない」と指摘する。日本語版ウィキペディアでは、編集者がページを書いてから公開までに第三者のチェックが入らない。研究者が論文のように書いた記事もあれば、素人が想像で書いた記事もある。学業にあたっては、優れた記事の恩恵は存分に受けたいし、粗悪な記事には引っかかりたくない。音楽家や喫茶店文化など、自身の好きなジャンルで40件以上の記事を書いてきたというOさんにウィキペディアの上手な使い方を尋ねた。

 

そのソース、”実在しますか”?

 

Oさんは、出典確認がいかに重要か説く。最近は、レポート課題にあたって「読んでもいいけど出典は必ず元の資料にするように」と指示する講師も多い。ウィキペディアに書いてある出典情報をそのまま書き写している、なんてことはないだろうか。

「中国で10年にわたって書かれた架空の歴史には、出典となる論文は示されていました。しかし、本文の内容とは全く関係がなかった。『出典があるから大丈夫』ということはありません。さらには『出典の論文は実在しなかった』ということが起きる可能性もあるわけです」。

レポートで虚偽の出典情報を示すことは「捏造」になりかねない。知らず知らずのうちに重大な不正行為を行わないためにも、ウィキペディアを参考にする際は出典の資料を直接確認すべきだ。

 

ウィキペディアの認定制度

 

Oさんは、「ウィキペディアは基本的には信用すべきでない」という立場をとる。しかし、時には優れた記事に出会えることも事実だ。実は、ウィキペディアには記事の質をある程度担保してくれる指標がある。「良質な記事」「秀逸な記事」の認定だ。こうした記事であれば、出典を辿ることのできる可能性はかなり高くなる。

認定されると、PCブラウザ版の画面右上にそれぞれ青色と金色の星マークが表示される。2023年4月現在ウィキペディアには約130万件の記事があり、「良質な記事」は1910件で全体の0.14%。「秀逸な記事」では更に数が減り77件の0. 007%となる。それぞれの記事は、ウィキペディア上の「良質な記事」「秀逸な記事」の記事から一覧で確認することができる。

ツイッター上で「ウィキペディア三大文学」の一角としてたびたび話題になる「地方病(日本住血吸虫症)」の記事もその1つだ。山梨県で古くから多くの住民を死に至らしめてきた原因不明の病が克服されるまでの歴史を解説したもので、2017年には毎日新聞の山梨版で紹介されている。

「秀逸な記事」閲覧日=2023-6-1)

認定は、ユーザー間の合議で行われる。利用者が自己推薦も含め記事を推薦すると、他の編集者たちが集まってきて相応しいか議論を始める。合意がとれると記事が認定されるのだ。

認定にあたっては、「トピックへの網羅性があり、信頼できる情報源により検証可能性が担保されていること」「中立的な観点から書かれていること」などの条件で厳しく評価される。Oさんは、これまで7件が「良質な記事」に認定された。議論のログには、「出典が雑誌ばかりで些末な情報があるのでは」「文章が単調」など厳しい指摘も並ぶ。「身近な人から意見をもらうより遥かに鋭い指摘が入るので、やりがいを感じます」

 

「学びの補助輪」に

 

ウィキペディアの記事は玉石混淆だ。安易に信用せず、参考にする際は出典の資料に直接当たる。基本的な態度を守った上で、優れた記事から学ぶことが望ましい。Oさんは、ウィキペディアは『学びの補助輪』にしてほしいと話す。まずは教科書などを読み、さらに発展的なトピックに出会いたいときはウィキペディアで探してみる。あくまで中心は講義資料だ。

「私自身は、テーマについて参考になる資料をたくさん辿ることのできる記事を書くように努めています。講義の資料や教科書で基礎知識を身に着けた上で、さらに知りたいと思ったときにはウィキペディアは使えるかもしれません。そして何より、最も勉強になるのは自分で記事を書いてみることですよ。ぜひ挑戦してみてくださいね」

冒頭で紹介したニュースは中国・上海のウェブメディア「シックストーン」の報道。

和田幸栞

 

【プロフィール】

(早稲田大学ウィキペディアンサークル クリエイティブコモンズ=Takenari Higuchi, CC0 1.0)

ユージン・オーマンディさん(仮名)

「早稲田大学ウィキペディアンサークル」代表。早稲田大学文化構想学部卒。在学中に「苦労して書いたレポートを社会に役立てたい」という想いでウィキペディアの執筆を開始。2019年に同サークルを立ち上げ、現在まで複数大学の学生やOBを集めて執筆や支援を行っている。仮名はウィキペディア上でのユーザーネーム。Twitter:@Wikipedian_W