「私は分断ではなく結束を目指す大統領になると誓う」

2020年11月7日、全米のメディアが民主党候補のジョー・バイデン氏の当選確実を報じた。彼は、勝利演説の中で力強く「結束」を宣言した。その言葉は「分断」が今日の米社会に大きな影を落とす現状を如実に表している。「有権者たちが、自身の政治的信条に合致する情報源にしか耳を傾けなくなってきている」とこの状況を憂慮するのは、現在フォーダム大学で教鞭を執る政治学者のボリス・ハーシンク氏だ。「中道派のバイデン氏は『架け橋』となり得るかもしれない。だが、分断を解消するのは極めて困難だろう」とハーシンク氏は語る。

ウイルスとの戦い

現在、この「分断」に拍車を掛けているのが新型コロナウイルスへの政権の対応だ。ニューヨーク市ブロンクス第6地区の地域委員会のメンバーで、市議会議員候補のジョン・サンチェス氏は新型コロナウイルス対策をトランプ政権の「最大の失策」として厳しく非難する。「約25万人の死者の多くは、彼らが科学者の助言に耳を傾けてさえいれば救えたはずだ」とした上で、「トランプ氏の支持者の多くは、彼の新型コロナウイルスへの対応ではなく、他国に感染拡大の要因を見出しているのではないか」と分析する。ハーシンク氏は、「ほとんどの西欧諸国も、米国と同様に、感染拡大の渦中にあり、対策は非常に難しいはずだ」と大統領に理解を示した一方で、「トランプ氏のウイルスを軽視した発言により、多くの米国の人々が感染対策を怠った」と、大統領の言動を批判した。

米ニューヨーク市議会議員候補のジョン・サンチェス氏(サンチェス氏提供)

 

人種を越えた包括的なメッセージを

今日の米社会の「分断」の象徴として、数々の人種差別や、それらに対する抗議運動が、大統領選に与えた影響も無視できない。特に、黒人に対する警察の暴力への抗議から始まったBlack Lives Matter(以下BLM)運動 は大きな盛り上がりを見せた。サンチェス氏は「いかなる大統領も人種差別の問題を解決することは難しいだろう。人種差別はアメリカ建国当時から続いている問題だ。米国は私の祖先を奴隷としていたし、日本人を強制収容所に収容していた。これらはほんの60~70年前の出来事なのだ」と人種差別問題の根源を米社会そのものに見る。ハーシンク氏は「BLM運動が重視するのは、黒人に対する警察の暴力だ。だが、新政権が議会を通じて警察組織に革新的な変化をもたらすのは難しいだろう。また、多発するアジア人差別についても有効な提案は未だなされていない」と、解決の難しさを懸念する。アメリカ社会に根付く人種差別の解決は容易ではない。「誠実にその人の人となりを見ることだ。人々の人種や文化的背景に関係なく、手を差し伸べる意思を持たなければならない。人種を越えた包括的なメッセージが必要だ」とサンチェス氏は訴えた。

トランプ政権の功罪

今回の大統領選では、米国の「結束」と共に、トランプ政権4年間の実績も問われた。「トランプ政権の最大の成功は大規模な減税政策により、大企業及び富裕層を潤したことだろう。在任中には多数の裁判官を就任させた。だが、不正の撲滅、社会保障制度の充実、国境沿いの壁の建設など、公約の多くは未達成だ」とハーシンク氏は彼の任期を振り返る。一方でサンチェス氏は、「トランプ氏の言動や政策により、人々はより強く分断を感じている」と大統領の指導者としての資質に疑問を呈した。

バイデン氏の対日政策

目下バイデン政権誕生の可能性が色濃くなっているが、トランプ大統領は選挙結果に異議を唱えており、依然として法廷闘争が続いている。だが、ハーシンク氏は「バイデン氏の大統領就任は確定的だろう」と語る。それならば気になるのは、バイデン政権の対日政策だ。「オバマ氏やトランプ氏と同様、バイデン氏も日本とは近しい関係を保つだろう。他方、現政権と異なり、彼の外交政策はオバマ政権時のような、ドイツやフランスなどをはじめとする同盟国とのつながりを重んじる米国の伝統的なスタイルを取るはずだ」とハーシンク氏は推測する。

米ニューヨークのフォーダム大学で教鞭を取るボリス・ハーシンク氏
(ハーシンク氏ウェブサイトより)

「結束」へ

今日、米国には「分断」を乗り越え解決するべき社会問題が山積している。バイデン氏が訴えた「結束」の実現は急務だ。「南北戦争をはじめ、アメリカは常に分断と向き合ってきた。右派にも左派にも通じる理念を強い言葉で語ることが必要だ」とサンチェス氏は感じている。現在、地域のリーダーとして米社会の抱える格差と貧困を是正するべく日々奔走するサンチェス氏。地域の中小企業への資金援助や母子家庭への経済的支援、職業訓練所建設計画の推進など、精力的に活動している。「貧困は一朝一夕に解決できる問題ではない。だが、安価な住宅を必要な人々に提供するだけでアメリカの貧困の2割は解決が可能だ」と力強く語ってくれた。「東京に行ってみたい」と取材の合間に笑顔で明かしてくれた親日家のサンチェス氏。「世界の未来は私たち若い世代に懸かっているはずだ。政治への無関心は地域社会に障害をもたらす。積極的に政治に参画し、全ての人が暮らしたくなるような、よりよい社会を築いてほしい」と日本の若い世代にメッセージをくれた。

現在ニューヨークで若い学生達に対し政治学を講じているハーシンク氏は、日本の学生達へ政治に対する心構えを説いてくれた。「政治とは時として不愉快だが、必要不可欠なものだ。だからこそ、我々は自らと政治思想を共有する相手に対しても批判的にならなければならない。自らと同様の政治理念を掲げているからと言って、彼らの不誠実や無慈悲、腐敗から目を背けてはいけないのだ」

地域リーダーとして精力的に活動するサンチェス氏
(サンチェス氏フェイスブックページより)

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石野光俊・海老塚宣宏・山本有紗)