松代大本営内の様子(北原氏提供)

戦争を追体験

「戦争遺跡によって戦争の歴史と場所・空間を共有することができる。そこに立ち、想像力を高めれば戦争を追体験することも可能だ」

こう語るのは 戦争遺跡保存全国ネットワーク(以下戦跡ネット)の共同代表である出原恵三さんだ。戦争遺跡とは、明治維新後の日本近代史における軍事史跡一般を指す。それらを保存することは、戦争記憶の継承という視点から極めて重要だ。また、巨大戦争遺跡である松代大本営を保存する、松代大本営平和祈念館事務局の北原高子さんも「戦争の悲劇が二度と起こらないように伝えていく、現物を見ることのできる遺跡」と遺跡の持つ平和学習面での効果を重視する。

戦跡ネット代表出原恵三氏(提供)

戦跡ネット代表出原恵三さん(提供)

 

「物言わぬ語り部」消滅の危機も

しかしながら、戦争遺跡の重要性が認識される一方で、それらの保存には多くの困難が伴い、課題も多い。その一つが、遺跡の消滅および老朽化である。「土地の再開発によって地下に埋もれている戦争遺跡が埋蔵文化財の包蔵地となっていない場合あるいは、遺跡と認められていない場合は、一方的に壊される運命にある。特に、空襲の痕を現在地上で確認することはほとんど不可能になっているが、地下にはまだ比較的痕が残っている 。しかし、そういったものが法律で保護されておらず、 消滅していくことに危機感を持っている」と出原さんは話す。

実際、日本全国には約5 万件の戦争遺跡が存在すると推定されているが、昨年7月末現在、登録文化財と指定されているものは300件にも満たない。昨年末の時点で戦争遺跡の全数調査を行った県は6県に留まっており、戦争遺跡の実数や保護基準は極めて不明瞭だ。こういった事実が、遺跡の消滅に拍車をかけている。同時に、戦後75年を迎え、遺跡の老朽化も進んでいる。

松代大本営の北原さんは、「遺跡はどうしても朽ち果てる。長野市の観光課が安全対策をして遺跡を保持しているが、松代大本営は山の中にあるためいつどんな風に崩落したり、危険が伴わないとも限らない」とその危険性を指摘する。一方で、出原さんは「日本の優れた技術を駆使すればかなりの修復が可能だと思う」と述べるように、戦争遺跡の早期の保全・修復が望まれている。

象山地下壕内部(北原高子さん提供)

高齢化・「客観性」への課題

更には、保存活動の高齢化も大きな問題となっている。戦跡ネットの共同代表として全国の保存会をまとめ上げる出原さんだが、30年来この運動をリードしてきたメンバー達の高齢化に伴い、運動の次世代への継承に不安を抱えられているようだ。実際に、北原さんの団体においても、中心メンバーは70歳以上が半数で有り、将来的なガイドの不足が危ぶまれる状況だという。

また、近年戦争記憶を「美化」し、戦争の一面的な部分が強調される傾向が顕著であることも懸念材料の一つだという。出原さんは、「歴史というのは教訓であり、批判的でなければならない。まずは客観的な事実関係を整理することで、歴史の真実を理解する事ができる」と語る。また、実際にガイドとしても活動されている北原さんも、「言葉尻をとらえたささいな論争に終始しないように、事実を歴史的証明に基づき、語ることを心がけている」と述べており、戦争遺跡の保存、戦争記憶の継承においては、事実関係の客観的な理解が必要不可欠であることが分かる。

 

加害と被害の両側面。グローバルな歴史像構築を

戦争遺跡を保存し、戦争の記憶を継承していくことは、大きな困難を伴う一方で、若い世代にとっても非常に重要な問題だ。「まずは戦争遺跡の前に立って貰いたい。そしてなぜその遺跡が造られたのか考えて見てほしい。戦争の時代と今日とのつながりを考えて貰いたい。戦争遺跡を通して、戦争の時代がどんな時代だったのか想像する大きなきっかけになると思う。戦争遺跡の前に是非足を運んでほしい」と出原さんは訴える。また、「戦争遺跡はそこだけで完結するものではなく、どんな小さなものでも必ず海外と繋がっている。東アジアのグローバルな歴史像を構築するきっかけにしてほしい」と遺跡の国際性にも目を向ける必要性を語ってくれた。

松代大本営の保存活動に携わる北原さんは、「愚かな戦争に再び進まないような知恵を出せる分野を自分で見つけてほしい。75年前まで日本は戦争に次ぐ戦争を繰り返していた。それから今日まで、日本国憲法で平和を誓ったことが辛うじて生きている。そのことに目を向け、学んでいただきたい」と戦争の悲惨さを学ぶことの大切さを伝えてくれた。その上で、「戦争の悲惨さというとどうしても被害の部分に目が行きがちになる。しかし、戦争遺跡は加害と被害の両方の側面を学ぶことができる場だと思っている。一度は来て見ていただきたいなと思う」というメッセージをくれた。読者の皆様も是非一度戦争遺跡に足を運び、平和について見つめなおすきっかけにしてほしい。

石野光俊