私たちは無数の文字に囲まれて生活している。テレビ、駅の案内板、コンビニの商品、医薬品の成分表。至る所で無意識に膨大な数の文字を目にし、理解している。その「文字」をどんな人でも正確に読めるよう開発されたのが「つたわるフォント」だ。博報堂ユニバーサルデザイン(現、博報堂ダイバーシティデザイン)、株式会社タイプバンク、慶應義塾大学による共同研究により生まれた。開発者の一人である博報堂ダイバーシティデザイン所長の井上滋樹氏に話を聞いた。

提供:博報堂ダイバーシティデザイン
提供:博報堂ダイバーシティデザイン

「研究のきっかけは弱視者向けの研究をする学会で、心理学やバリアフリーの研究をする慶大の中野泰志教授に出会ったことだ。当時井上氏は、商品パッケージという非常に限られた面積の中で、多くの情報をすべてな視力状態の人に伝えることは限界があると感じていた。そこで、フォント製作会社のタイプバンク社と慶大の中野教授と共に、視覚障害者や高齢者にも見やすい、視認性に優れたフォントを開発することになった。「文字は日常生活において必要不可欠であるにも関わらず、私たちは文字自体を意識していない。見えにくい人が沢山いるのなら、デザインの根源的要素である文字そのものを変えなければならないと感じた」と話す。

つたわるフォント」最大の特徴は、「読みやすさ」に関して共同研究を行い、学会で論文を発表した学術的根拠を持つという点だ。シミュレーション装置を使って低視力状態の人の文字認識の誤答率を測り、被験者に文章を見せ、従来のフォントと比較してどちらがより見やすいか調査をした。文字の視認性(レジビリティ)と読書効率(リーダビリティ)を検証したところ、従来のフォントよりも「つたわるフォント」のほうが読みやすいと約7割の被験者に評価された。これまで個人の主観でしかなかった「読みやすさ」という概念が学術研究され、「つたわるフォント」が視認性に優れることが科学的に証明された。

現在、法人向けにのみ販売されており、5‌0‌0社以上で採用されている。新聞広告やチラシ、家電製品、病院の案内板、飲料パッケージなど、日常生活の様々な場面で「つたわるフォント」が使われている。2‌0‌0‌9年の販売開始から7年経った今も、多くの企業から問い合わせを受け、ロングセラー商品となっている。

「文字のバリアフリー」は障害者のためのものではない。「つたわるフォント」は専門家による検証だけでなく、生活者の声に耳を傾け、すべての人に読みやすく作られた書体だ。デザインの工夫だけでは限界だった領域を、文字という最小単位を見直すことで超えることを可能にした。その一文字には、大きな思いやりが込められている。

(堀尾美月)

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