【働く女性特集】理想の男女平等社会を問う

女性の社会進出のためには、依然多くの課題が存在している。特に日本には、「男は外、女は内」という意識を持つ人が多く存在し、女性雇用割合の数値だけでなく、意識の点でも女性が働きやすい社会が実現されているとは言いがたい。私たちはどのように意識を変えていくべきか、そして理想の男女平等社会とは何かについて教授に討論してもらう。社会学画専門の法学部の有末賢教授と、日本女性学会に所属し、女性学、ジェンダー論が専門の経済学部の長沖暁子准教授に話を聞いた。(敬称略)

法学部教授 有末賢氏 専門は社会学(都市社会学・生活史研究)。博士(社会学)。77年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、82年同大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程修了。85~87年英国エセックス大学社会学部訪問研究員。91~92年中国・北京日本学研究センター客員助教授。96年より現職。日本社会学会、日本文化人類学会、日本移民学会など所属学会多数。
法学部教授 有末賢氏
専門は社会学(都市社会学・生活史研究)。博士(社会学)。77年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、82年同大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程修了。85~87年英国エセックス大学社会学部訪問研究員。91~92年中国・北京日本学研究センター客員助教授。96年より現職。日本社会学会、日本文化人類学会、日本移民学会など所属学会多数。

―日本におけるジェンダーの差は、埋まってきていますか
長沖 進学や就職、恋愛などさまざまな点で、女性の自由度は上がっているが、ジェンダーギャップは埋まっていない。日本では、社会学的に言うと、女性のジェンダーの役割は「ケア役割」が主となっている。女性は子供のケアをするだけでなく、会社で周りの環境を整えることも求められる。その役割を拒否すれば「母性的でない」と非難され、ギスギスしてしまう。

有末 もう一つは、女性の労働には壁があるということです。日本の場合、たとえば政治参加において、表面的には大臣のポストに女性が就けているかもしれない。賃金格差や昇進格差など、現実的な面で変わっているのか、というと疑問が残ります。

―男性は女性の社会進出をどう捉えているのでしょうか
長沖 脅威だと思っている人もいる。能力のある女性に、自分のポストを奪われてしまうかもしれないと思い、女性雇用に反対する人が多いのでは。

有末 男はホモソーシャルと呼ばれる、男性構造の社会関係を作ってきてそれをソーシャルとして、女性を排除してきました。そういった排除をしてきた人たちには、公的な場に女性がいることを受け入れられないこともあります。

長沖 男性から、女性の優遇処置について逆差別と言われることがあるが、信じられない。それは、現在もある女性への抑圧を差別と考えていない。

有末 実際に、女性だけ得していると言うのは見当違い。構造的に差別があった時は優遇をしないと構造が変わっていかない。それはアファーマティブアクション(積極的差別撤廃措置)として考えるべきです。

―男女平等社会を実現するためには、各人がどのような意識を持つべきでしょうか
有末 女性を地位の高いポストに就ければいいといった、ただの割り当てで考えるのではなく、社会的な意味づけをどれだけ与えるかが一番大事。男として、女としてというより「人間として」という見方を持つべきです。

長沖 私も同意見です。女性であれば自分を私的な場面以外で女性だと他者から意識されない社会になればいい。だけど今は、セクシャルハラスメントが起こるように、自分が男か女かということを公の場所で常に意識せざるを得ない。

経済学部准教授 長沖暁子氏 77年東京都立大学理学部生物学科卒業、同年慶應義塾大学に助手として就職。 生物学、ジェンダー論、女性学などの授業を担当。慶應義塾・南三陸プロジェクト代表。科学技術と社会の関係、特に生殖技術に関心を持っている。著書に『AIDで生まれるということ-精子提供で生まれた子どもたちの声』(共著・萬書房)、『シリーズ生命倫理学6 生殖医療』(共著・丸善出版)など。
経済学部准教授 長沖暁子氏
77年東京都立大学理学部生物学科卒業、同年慶應義塾大学に助手として就職。
生物学、ジェンダー論、女性学などの授業を担当。慶應義塾・南三陸プロジェクト代表。科学技術と社会の関係、特に生殖技術に関心を持っている。著書に『AIDで生まれるということ-精子提供で生まれた子どもたちの声』(共著・萬書房)、『シリーズ生命倫理学6 生殖医療』(共著・丸善出版)など。

―男女の肉体的な差を考慮する必要はあるのでしょうか。
長沖 慶應では、机を運ぶのは男性、お弁当を作るのは女性などと、男女によって仕事を分ける場面をよく見る。そういう面で他大学と比べて、性別役割分業の意識が強いように感じる。当然のことだが、力の強い女も力の弱い男もいる。そこは力のあるなしや、やる気で選べばいい。男女は関係ない。何ごとも必要な能力で選ばれる社会になれば変わっていく。慶應の女子は賢いはずなのに、ジェンダーバイアスを無批判に受け止めているようだ。

有末 スポーツでも女性の種目は増えています。能力差や体力差は現実に縮まっているし、関係ないという時代に入っていると思います。生物学的に子供が産める、産めないという部分以外は差がほとんどない。少子化社会となり、女性が子供を産むことが出来る社会を作ろう、と言われているが、それは女性の意識を押さえつけています。子供を産めという圧力は昔からあったが子供を産む、産まないは女性の自由です。

長沖 実際妊娠・出産をするのは女性。それを自分の意思で決められない限り、女性にとって自分の人生にならない。自分の性と生殖に関してコントロールしないと。日本は1999年までピルなどの避妊薬が認められなかった。これは当時では北朝鮮と日本だけ。男女差別も一番根本にあるのはセクシャルな部分が原因。プライベートでも男性が女性をリードすべきだという意識が根付いている。

―男女平等社会に向け、我々はどのようにすべきでしょうか
有末 男女平等の根本にある意識は一朝一夕には変わりません。しかし、卒業し、仕事をして家族を持ち、両親の生き方を見ながら、女性に対する意識を徐々に変えていって欲しい。

長沖 公的な場所では「男女」という意識をなくすこと。性別ではなく個人の能力をもっと評価して欲しい。今は性別のフィルターを通してしか見られていない。「女性」ということは、個人の中の1つの要素にすぎない。

有末 平等ということを考えることは男女の問題だけじゃない。憲法問題でも議論されているが、平等が確保されてないと社会参加も、自由な選択もできません。平等という観点は政治学・社会学でも大前提であり大きな課題。これを社会で実現しなければならないと思います。 (今里茉莉奈)