【連載主旨】 多事「創」論
「自由の気風は唯(ただ)多事争論の間に在りて存するものと知る可し」「単一の説を守れば、其の説の性質は仮令(たと)ひ純精善良なるも、之れに由て決して自由の気を生ず可からず」。世の中は一つの考えでまかり通っている訳ではない。多様な意見こそが決められた道のない今の時代を生きる我々にヒントを与えてくれるはずだ。福澤諭吉が唱えた自由の気質になぞらえ、広く多くの意見を集めて現代社会の課題を考えていきたい。

~失敗を恐れずに挑戦を 大学の教育は企業にも責任~

九州大学総長 有川節夫氏
九州大学総長 有川節夫氏

大学教育改革の流れ 経済界にも責任が

国の財政が厳しく、また企業の国際競争力も低下している状況下から最近の大学教育改革の流れは始まっている。過去、日本は世界をリードし、アジアの国でも経済的な発展ができるというお手本になっていた。しかし現在、アジアの国々が日本に追いついてきており相対的な日本のプレゼンスが低下してきている。

そうした中で企業が求める人材に変化が起きた。昔は地頭が良く、余計な先入観のない学生を欲しがった。その方が入社してから育てやすかったからだ。ところがいまは即戦力の人材を欲しがっている。しかしながら経済界は、大学は企業が求める人材を輩出できていないと考えている。

最近の日本の大学は社会の要請に十分に応えていない、と声高に叫ぶ人たちも一様に大学時代は自由な大学生活を送っていたと発言されている。日本の経済界のトップ層の多くは入社後に海外赴任の経験がある。彼らは自分のキャリアは出身大学においてではなく企業に入社後形成されたと思っている。そういう背景を持つ人たちから見ると、日本の大学は学生に対し企業が求める人材育成をしていない、また、学生は在学中に社会に出る準備が十分にできていないと感じるだろう。しかしながら、海外赴任で得た経験は学生が学生時代に経験するものとは大きな違いがあるのは当然のことだ。

大学も社会の要請に応えるべく教育改革を行う必要があるが、一方で企業側にもその責任の一端はあるのではないだろうか。

入口は広く、出口を狭く 大学入試のひずみを解消

達成度テストは過去の反省からきているので現行よりいい面があると思うが、現行制度からのスムーズな移行を考えると大変だと考えている。

一番の問題は初等中等教育から高等教育への接続の悪さだ。小中学校ではすばらしい教育をしているのに高校でひずみが起きているのはなぜか。原因は大学入試である。ただ、社会に出てからの活躍はテストの点数によらないし、大学の名前にもよらない。その後の努力でどうにでもなるものだ。そう考えるともう少ししなやかさを意識したほうがいいのではないか。そういう意味ではアメリカ型の選抜の仕方は一つの参考になると思える。

例えば、いまより1割多く学生を入学させる一方で、卒業定員はそのままにする。入学しても全員が卒業できるわけでなければ、学生も一生懸命勉強するだろう。学生が遊んでしまうのは遊んでいても卒業できるからだ。また教員も合格にするのは楽だが、不合格にするためには学生にきちんと説明できる授業をしなくてはいけない。

最初は力が少し足りなくても、その後で最初の序列以上の力を発揮することは社会では普通だ。そう考えると入試ですべて決めてしまうのではなく、入口は広く出口を狭く設けた方がいいのではないだろうか。

学生の能力は高い 失敗の経験を評価に

現在は落第することや試験に落ちることに対して、失敗者の烙印を押されるという風潮がある。そして企業も失敗したことのない人を評価する傾向がある。しかし、日本においても失敗を許容する文化が必要ではないだろうか。もっと言えば、大学に入って必ず4年で卒業する必要もなければ、18歳で大学に入る必要もない。失敗をしたことがないというのはほとんど何もしていないというようなものだ。

失敗したとしてもその後で成功すれば良い。無垢な方が育てやすく、忠誠心はあるかもしれないが、いろいろな経験をしていないとイノベーションや大ブレークを起こすのは難しい。失敗をした経験を評価する。採用側にそういうマインドがあれば、学生もそれを感じる。失敗が不利になることはないというメッセージを出せば、日本の学生は変わるだろう。

総長に就任してから多くの学生と話す機会があるが、いまの学生たちの能力は極めて高い。向学心も昔の学生と比べても見劣りすることはないと感じる。自分が今の学生達と同じ時代に学生でなくて良かったと思うほどだ。

失敗を恐れてはいけない。失敗は経験だ。何にも変えられない糧になる。自分の可能性を信じて失敗を恐れず様々な事に挑戦してほしい。そして、社会も大学も若者を信じ、これからの未来を創造していく若者に投資していく必要がある。

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【九州大学】

九州大学は、1911年(明治44年)に九州帝国大学として創設されて以降、「我が国を代表する基幹総合大学」として最高水準の教育、研究、診療活動を行い、優れた人材を数多く輩出してきた。2011年には総合大学として100周年を迎え、現在は、新たな100年に向けて、「九大百年、躍進百大」をモットーに、あらゆる分野で世界トップ100大学に躍進することを目標に掲げている。