2020年に行われるオリンピックの開催地を争う招致レースがいよいよ今年から本格化する。日本は世界に向けてPR活動をしていかなければならない。そんな中で問われるのは、そもそも日本人は自国のことをどれだけ知っているかということ。そこで、日本の持つ独自性について慶大文学部教授の鈴木正崇氏にお話を伺った。

自然との密接な関係

現在、海外から見る日本のイメージの中で最も強いのは、漫画とアニメ。留学生が日本にくる主な動機になっているだけでなく、海外ではクール・ジャパン(Cool Japan)と名付けてブームを起こしている。萌えやオタク、コスプレ、カワイイなど日本発の造語が世界中で使われるようになった。日本政府はこれを利用して、文化と経済を結びつける活動を推進しているが、全土の八割近くを山や丘が占め、周囲を海に囲まれて、自然と共に生き育まれてきた日本文化の本来の姿とはかけ離れている。都市化が進みヴァーチャル世界を追求してきた結果の産物だ。
そもそも日本文化には能楽、文楽、歌舞伎といったように時代を超えて世襲で受け継がれてきた伝統文化がある。これらはユネスコによって無形文化遺産に登録された。ユネスコの世界遺産のうち、文化遺産は京都・奈良・平泉・吉野・熊野・日光・白川郷・姫路城・厳島・石見銀山・琉球の遺跡などが登録され、寺社建築や文化的景観などで構成されている。屋久島・白神山地・知床・小笠原は自然遺産に登録された。世界遺産は徐々に数を増やして文化外交の戦略として使われている。
しかし、見落としてはいけないのが、自然と密接に関わる中で作り上げられてきた、祭り・神楽・獅子舞・山車など民衆が担い手となる民俗文化や生活文化だ。染織や工芸も優れている。これらのいくつかは文化庁によって重要無形民俗文化財に指定され、故郷イメージと結びつけられて地域起こしに活用されている。2012年の東日本大震災後に、地元で復興の心の支えになったのは虎舞や鹿踊などの民俗芸能であった。これらの多くは、農山漁村で自然との共生の中で長い時間を掛けて形成されてきた。残念ながら過疎化と少子高齢化のために継続が難しくなっているものも多い。世襲で伝えられてきた強い伝統文化だけでなく、民衆が必死に作り伝えてきた民俗文化や生活文化の中にこそ、日本人の独自の知恵や思考が顕著に表れている。

異文化理解が自国の理解へ

オリンピックの招致レースでは、日本のイメージ作りが重要である。漫画やアニメだけに焦点を当てるのではなく、伝統文化や文化遺産、また民衆文化など、日本文化の多様性を発信していくことが重要だ。そのため、「外から名づけられたクール・ジャパンを利用するのではなく、日本文化の独自性に関して国際的に通用する説明を施しながら、時間をかけて情報発信を行う必要がある」という。
また、鈴木氏は今までにスリランカ、インド、中国といった様々なフィールドで日常生活・祭祀芸能・民族問題などを研究してきた。日本と海外を何度も行き来し、リピーターとなることで異文化をより深く理解できたと同時に、自国の理解にも繋がったという。若いうちに多くの異文化に触れることも大切だ。また、都市化し画一化への道を歩む生活に慣れた若者は日本文化の多様性に触れる機会が少ない。しかし、自分の好奇心の範囲を広げ、広く旅することで日本らしさに触れることが出来る。「ガイドブックを見て観光地巡りをするだけでなく、現地の人と深く交流して、個性ある出会いをつくっていけば、新たな発見がある」と鈴木氏は話す。
これからますます世界と向き合っていかなければいけない日本。まずは一人一人が積極的に自国を知り、その原点を理解することが重要だ。それが世界へ日本らしさを伝える第一歩となるだろう。       (藤浦理緒)