[特別インタビュー]林雅人・蹴球部監督「もう一度、決勝の舞台へ」(後編)

前編に引き続き、林雅人・慶應義塾大学蹴球部監督(以下林)インタビューをお伝えする。後編では、監督就任2年目となる今季のチーム状況、戦略、そして対抗戦・大学選手権の展望を語ってくれた(インタビューは、2008年7月25日に行われた)。

――しかしながら、昨年の「苦い経験」がまさに今、生きているのではないでしょうか?(※春季の練習試合で慶應蹴球部Aチームは7戦全勝。あの早稲田にも24-19で勝利を収めた)
昨年の春季とは、フィットネスの充実度が全然違いますから。加えて、今年は怪我をしない体づくりをする、という目的でしっかりウェイトトレーニングもやっています。あとは、基本的なスキル(キャッチ・パス・タックル・ブレイクダウン・セットプレーetc)の向上ですね。春季の好調は、フィットネス・ストレングス・基本的なスキルの3本柱の強化が、うまくいっている証拠です。戦術面に関しては昨年1年間の浸透期間があってベースが出来上がっているので、その分基本スキルの習得に注力できました。昨年1年を通じて、本当の意味で選手たちとの信頼関係を構築することができましたし、現在は、 4年生がSH花崎(亮)キャプテン以下結束してチームを牽引してくれている。昨年は僕のやりたいラグビーを選手たちに伝えるために、週1回のレクチャーを欠かさず行っていたぐらいですから。今年はその時間を純粋にウェイトトレーニングに充てられる。例えば、今年の春季、練習試合(Aチーム)を7試合やったわけですが、7試合通じて(15人中)10人以上が常に同じメンバーだったんです。怪我人も最小限にとどめることができた。春のシーズンに限って言えば、何故昨年勝てなくて今年勝てたのかってのは、僕個人にははっきりすぎるくらい見えているんですよね。

――今季、秋の対抗戦から大学選手権に臨むにあたって、チームの「拠り所」となる戦術は?
少々難しいのですが、強みを持つということは、裏を返せば弱みを持つということなんですよ。強みを封じられたら終わり。昨年で言えば、例えば山田章仁がいる時はいいけど、いないときもしくは抑えられたときには慶應は駄目、みたいな。つまりは、相手に抑えどころを絞らせない、すべての面で向上を図ることこそがチーム作りの「肝」なんですね。ウチはBKの能力に定評がありますが、今年は昨年に比べFWが格段に良くなってきた。こういう流れが大切なんです。もうすぐ行われるルール改正に伴い、FWが大きな役割を果たすスクラム・ラインアウトといったセットプレーの安定が一層重要になります。われわれも今年は特にスクラムに力を入れているのですが、そういったセットプレーの充実含め、強靭なフィットネスに支えられた15人全員ラグビーを攻守両面で展開していきたい。ひとことで言うなら「モーションラグビー」。常にボールを動かしていきながら、ゲインラインを意識した戦いをしたいと考えています。

――監督の標榜する「モーションラグビー」を体現する上で、鍵となる選手は?
SOの川本祐輝(総合4)ですね。僕と彼の「物差し」が一緒でなくてはならない。同じことを感じてくれないといけないんです。ただ、彼は僕のやりたいことをわかってくれているし、僕は僕で彼のピッチ上での自己判断にある程度任せています。

――「モーションラグビー」において、何故SOの選手が鍵となるのですか?
SOが戦術を一番判断するポジションだからですね。試合中に、ハーフ(SH・SO)の人間が自分でランを仕掛けるのはせいぜい5回くらいで、残りの70~100回近くはボールを放っているわけです。「SH(9)-SO(10)-CTB(12)」なのか、「SH(9)-SO(10)- WTB(14)」なのか、はたまた「SH(9)-SO(10)-キック」なのか。要は、ここ(ハーフ)のプレー如何で、ゲームの展開がガラリと変わってくるんですよ。そんな中でSOの人間が、ボールを動かし続けるという「モーションラグビー」の本質を理解していないと、チームはたちまち立ち行かなくなってしまう。試合毎に相手ディフェンスの盲点を突いてアタックを仕掛けていく、これがSOの大切な役割だということです。練習では、SOとしての「感性」を養うといった感じで、川本とは密にコミュニケーションを取りながら、一緒になって絶えず判断基準を作っていますね。

――「モーションラグビー」を掲げる一方で、もちろん慶應ラグビーの原点である低く鋭いタックルも忘れない、と。
「魂のタックル」という言葉に形容されるように、何時からか慶應はひたむきにタックルするのがチームカラーになった。これは、慶應ラグビーの誇るべきところで、これが強みなのは最高ですよ。たとえ時代と共にルール変更やラグビースタイルの変遷があったとしても、タックルが甘くていいということは決してない。僕が慶應の監督で本当に良かったと思うのは、そういった「魂のタックル」というディフェンス面でのベースがあった上で、メンバーに応じてアタックは自在にやらせてもらえることですね。

――今年の8月には、新ルール(ELVs)導入も控えています。
昨年、幸か不幸かFWの力がそれほど強くなかったので、タッチキックを蹴らない、インプレーの時間を長くするというラグビーを慶應は余儀なくされていたんですが、これが昨今のラグビーの潮流になってきているのも事実なんですね。僕たちが現役の頃、インプレーは80分のうち約28分程度だったのが、現在大学ラグビーでは約35~36分程度、世界的に見ても約40分程度と、インプレーが試合のほぼ半分を占めるまでになってきているんです。このように、インプレーの時間が相当長くなってきている、選手には一層のフィットネスが求められているという状況で、これは慶應向きではないかと(笑)。モールの引き倒しが可能になった点についても、「FWガチガチ」のチームにとってこのルール改正は不利に働きますが、慶應はそういうチームではない。勿論、詳細はこれから(山梨・山中湖で行われる)夏合宿で詰めていきたいと思っています。

――最後に、今季の抱負をお願いします。
実際、まだ何も得ていないんですよ。春はたまたま好調でしたけど、それはあくまでも過程ですから。選手・スタッフ全員、今年1月12 日に味わったあの悔しさを忘れていません。すべての大会で最後、頂点に立っていなければならないと思っています。対抗戦も優勝したいし、Jr.選手権も優勝したいし、国立の(大学選手権)決勝の舞台に立って優勝したい。そこで勝つまで挑戦は終わらないので。最後の1秒まで挑戦は続くんだ、という思いを胸に地に足をつけた強化を進めていきたいですね。チームとしてこんなに良い状態ってなかなかないと思うので、着実に1歩ずつ前進していきたいと考えています。

After Recording 取材を終えて…

「玄関の綺麗さで、優勝するチームが決まる」

確かにそうだろうとは思う。自分の脱いだ靴すらきちんと揃えられない人間の集団が、何か大きなことを成し遂げられるか、と言ったら答えはノーだ。何が言いたいか。あの林監督が、玄関の綺麗さとラグビーの成績との相関関係について、声を大にして語ったのである。

大学・社会人・トップリーグ・日本代表と、各カテゴリーでの豊富なコーチ経験。加えて容姿端麗、外見のスマートさも相俟って、所謂「理論派」に見られがち。筆者にも少なからずそういった認識があった。今回取材に臨む前までは・・・。

当の本人、「僕はどちらかと言えばメンタル派なんですよ。選手に聞いてもらったら分かると思いますけど」と屈託なく笑う(こう答えられるのも、自身の中に絶対に揺るがない、確固たるラグビー理論を持ち合わせているからだとも思う)。要は、理論と精神のバランスが絶妙。言葉の本当の意味での「指導者」なのだ。

最後に一つ。

日吉・下田にある体育会合宿所、蹴球部部室の玄関に[靴は脱いだら靴箱に 人として当然!]と書かれた貼り紙が。
「僕はこれ([人として当然!])傑作だと思いますけどね」

インタビュー取材終了後、筆者が玄関で靴を履いている最中、貼り紙に歩み寄り笑顔の監督。どうやら、指揮官の精神性は、見事部員にまで伝播し浸透しているようである。

取材・文 安藤 貴文
写真 安藤 貴文