《ART COLUMN》ハチ 砂の惑星

ART COLUMN

2‌0‌0‌0年代後半から10年代前半の音楽シーンを彩った「ボーカロイド」。聞き慣れない方もいるかもしれないが、ボーカロイド、通称「ボカロ」はアニメ調のキャラクターがつけられた歌声合成ソフトウェアの総称だ。わかりやすく表現するなら「歌う機械」といったところだろうか。07年に「初音ミク」が発売されて日の目を浴びたボカロは、アニメファンのユーザーが多い動画投稿サイト「ニコニコ動画」との親和性も相まって、瞬く間に人気となった。初音ミクを使用した楽曲が次々制作され、ボカロブームは大きな波となって多数のファンを取り込んでゆくこととなる。

「砂の惑星」は、ボカロ関連イベント「マジカルミライ2‌0‌1‌7」のテーマソングで、初音ミクが歌っている。「未来へ無限に繋がっていく初音ミク」をうたった同イベントは、ミクの発売10周年である17年に開催され、にぎわいを見せた。

しかしイベントの明るさと相反して、「砂の惑星」は妙に暗い空気をまとう。「何もない砂場飛び交う雷鳴/しょうもない音で掠れた生命」から始まる歌詞に、全体を通して短調めいたサウンド。そこには、現在衰退しつつあるボカロへの嘆きが潜んでいるように見える。

かつてミリオン楽曲を連発したボカロだが、今日1‌0‌0万再生を達成する曲は滅多に現れなくなった。衰退の原因は様々な考察がなされているところであるが、その一つとして挙げられるのは、人気ボカロP(ボカロ楽曲制作者)が同ジャンルから離れていったことだろう。

「砂の惑星」を制作したハチ氏もまた、ボカロから離れていったかつての人気Pである。ファンには周知の事実だが、その正体は現在人気絶頂のアーティスト・米津玄師。今はシンガーソングライターとして音楽活動を続けているが、以前はハチという名義で「マトリョシカ」「パンダヒーロー」などの尖った楽曲を投稿し、ファンを魅了していた。「砂の惑星」がボカロ楽曲至上最速で1‌0‌0万回再生を達成したのは、完成度の高さ故というのは当然のことながら、「天才Pが数年ぶりに帰ってきた」と話題になったからでもある。

さて、簡単にバックグラウンドを記してきたが、これまでの話を踏まえて歌詞を読むと、この曲の意味が少しずつ見えてくるように思える。砂の惑星というのは、閑散としてしまったボカロ界の比喩だ。2番Aメロの「この井戸が枯れる前に早くここを出て行こうぜ」というのは、ハチ氏がボカロを見限ったことを示している、という見方もできるだろう。

しかし、冷たく突き放すようなメッセージの中に、彼の祈りのようなものが垣間見られるのもまた事実である。「思い出したら教えてくれ/あの混沌の夢みたいな歌」。かつてはボカロ文化を大いに盛り上げ、やがてそこから離れていったハチ氏だからこそ、冷静な目で現状を見つめながら、わずかながら期待を込めることができたのだろう。やはりボカロは、今もなお彼の愛するホームであり続けているのかもしれない。

「風が吹き曝しなお進む砂の惑星さ」と歌って最後、初音ミクはその小さな口を閉ざす。進んだ先には、砂漠ではない何かが広がっているのだろうか。廃れつつある文化がどう変わっていくのか、思いを馳せずにはいられない。

(神谷珠美)


公式動画URL(https://www.youtube.com/watch?v=AS4q9yaWJkI

「砂の惑星」ハチ feat. 初音ミク Movie:南方研究所


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