慶應義塾高等学校 野球部監督 上田誠氏

「セイバーメトリクス」という言葉をご存じだろうか。1970年代にアメリカで提唱された、打率や防御率・出塁率など、多彩な数値化されたデータによってのみにより野球のプレーを評価する手法である。

 

これは果たしてどういったものなのか。そして今後どのようにセイバーメトリクスを扱っていけばよいか。慶應義塾高等学校野球部(以下、慶應高校野球部)監督である上田誠氏にお話を伺った。

上田氏が野球の「データ」という概念と出会ったのはUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス分校)にコーチ留学をした1998年の頃。「セイバーメトリクスとは違ったモノではあったけど、とても詳細なデータを扱っていた」。帰国後も野球部でデータを扱う試みを行っていた時に、セイバーメトリクスの存在を知ったという。それまでの監督としての経験を「客観性がない」として否定しかねないセイバーメトリクスを受け入れることに抵抗はなかった。

「選手の特徴付けに使える」。ネガティブな点よりも、データを扱うことのポジティブな側面を魅力的に感じた。一方で一度負けたら終わりの高校野球では数値化されない要素も大事になる。その点で高校野球には合わない部分があるとも感じたと上田氏。「だから欲しいデータは自分で作るしかなかった」。ここに、上田流のセイバーメトリクスが誕生した。

短期決戦となる高校野球では、一般的なセイバーメトリクスで基本的な考えとなる「いかに出塁出来たか」「いかに長打を放ったか」などの要素があまり大きな意味を持たないと語る。伝統的に慶應はアメリカ式の野球で、大きい打球を打つことを推奨する。けれども実際には、短期決戦においてはセイバーメトリクスとは異なるアプローチ、つまりコツコツと右打ちをしっかりと行う早稲田の野球の方が強いという現実があった。 短期決戦ならではの手法が必要であると認識した上田氏が慶應高校野球部で扱っているデータは、「2ストライクから出塁出来る確率」、「2アウトから出塁出来る確率」、「エンドランの成功確率」、「ゴロとフライの比率」、「走塁の良し悪しの数値化」など、本来のセイバーメトリクスに比べとても多彩かつ独特だ。いずれも上田氏の経験則上重要な部分。これらを数値化することにより選手の特徴が鮮明に把握出来るようになり、練習や戦術の選択にも説得力が生まれた。また、努力だけでは説明が出来ない、選手にある向き不向きが分かり、より柔軟な評価も出来るようになった。

「野球観戦の際にはバッテリーと打者間の配球を巡る駆け引きに注目してほしい」と話す上田氏。野球観戦は純粋に視覚的な楽しみであり、こうした経験が立脚した見方が主流である傾向が顕著である。上田氏は、そこにデータが入り込む余地が少ないかもしれない、との懸念も語ってくれた。しかし、データがあれば選手の特徴が把握出来ることは上田氏が語る通りだ。「セイバーメトリクス」。あなたの野球観戦の一助にいかがであろうか。      (宮崎浩一)