先月14日、SFCにプロ将棋棋士の羽生善治氏が来塾し、加藤貴昭環境情報学部准教授らが担当する「身体論」の授業の一環として特別講演が行われた。
身体論とは、多様な専門分野から文字通り身体という事象にアプローチする学問。講演ではこの身体論に沿いながら、羽生氏の棋士人生を通して培った能力について語った。
まず羽生氏は、将棋において次の一手を考える際に要求される直観、読み、大局観について述べた。たいていの場面で将棋の次の一手は80通りほどの可能性が存在するが、その大半をまず直観によって切り捨てた後、読みによって精査する。それでもその変化の数は膨大で絞りきれず、そうしたときに必要なのが大局観。これは方針、戦略のようなものでいわば木ではなく森を見て状況を判断する能力を指すという。
こうした直観や大局観という能力は無駄を省いていくという引き算の能力であると指摘。近年コンピュータが発達しコンピュータ将棋も強くなっているが、コンピュータの強さが読みの速さによる足し算の能力であることとは対照的だという。
次いで、記憶について語った。棋士が将棋の修行をする際、棋譜(対局の結果を記録したもの)を覚えるという方法がある。膨大な量の棋譜をそらんじるのは大変なようだが、羽生氏はプロの残した棋譜はストーリー性を持つためカラオケのレパートリを増やすような感覚で覚えられるという。一方で初心者の棋譜になるとそうしたストーリー性が乱れ、覚えにくくなる。こうした観点から記憶という現象を考察した。
他に精神力について、羽生氏が色紙を書く際に使う「八方玲瓏」という言葉に触れて紹介したほか、集中力などについても述べた。
講演の後は、加藤准教授から羽生氏へいくつか質問された後、会場全体での質問タイムに移り活発に質疑応答が行われた。