【KEIO 150】第二部 塾員との150年(4) 作曲家 千住明さん

 「気品の泉源・知徳の模範」。これは福澤諭吉が述べた言葉で、千住明氏の信念でありプライドとなっている。幼稚舎から慶應義塾で過ごした千住氏は、「慶應に入って良かったことは、自分の好きな生き方や自分の才能、つまり音楽というものを見つけられたことだ」と語った。彼も福澤精神の影響を受け、それを受け継いでいる者の一人だ。

 塾生時代は自由な時間がたくさんあり、音楽に熱中できた。ジャズ、ソウルなどに興味を持ち、当時のディスコ等にも通った。そこで時代のセンスが磨かれ、流行の最先端にいたという感覚が今の自信につながっている。義塾の自由な気風が彼の才能を伸ばすこととなった。しかし、一般に不良とも思われる行動は、周りの教師からの反感を生んだ。そんな千住氏を支えたのが家族、友人、彼の可能性を信じてくれる一部の教師だった。

 千住氏の原動力はもちろんそういった家族や友人である。だが、それだけではない。塾生時代に教師に理解してもらえなかったことや、音楽の世界での激しい競争からハングリーさやコンプレックスを抱いていたが、それもまた千住氏にとってはパワーとなり原動力となった。「コンプレックスをコンプレックスと自覚すること、ハングリーをハングリーと自覚すること、それが大事であり、精神的なパワーとなる」と語った。なによりも、千住氏自身が多くの反発のなかで強く自分を信じていたことが今につながっている。

 千住氏は実にプロ意識が強い。彼自身、「職人になるための修行に10年20年必要だ」と述べており、プロかつアーティストであることにこだわっている。千住氏は工学部を中退した後は東京芸術大学で厳しい修行を積んだ。だが、芸大で学んだことがすべてだというわけではない。慶應で経験したことが、千住氏の人間性を養った。そして、それこそが他の音楽関係者にないものであり、千住氏が様々な音楽を生み出す「源」となっている。

 「音楽は言葉である」。そう彼はいう。人のために何ができるかを創作の基本としている。そして、聴衆や観衆を無視したひとりよがりで自己満足な創作は現代において芸術とはいえない。どんな人にも伝わって、そして返ってくるものがある。そういうコミュニケーションが芸術を創っている。「聴衆がいなければ作品を作っても意味がない。聴衆に聞いてもらって伝わって初めて音楽は命を持つ。私は命の持たせ方を知っている」と、自信に満ちた目で語った。

 「人間は目的を持って生まれてくる」。そう信じている千住氏は音楽と出会い、今音楽と共に生きている。それを見つけることができたのは何より慶應で育ったからであり、今の千住氏を構成している根の部分である。創立150年を迎える慶應義塾はこうして様々な形で多くの人に影響を与えてきた。社会に出てからも義塾出身の人と触れ合う機会は多く、つながりは強い。創立から150年、人や学問や自分との出会いの場であり続けた義塾は、これからもその伝統を守り続けて、歴史を積み重ねていくだろう。

(第2部おわり)

 この企画は、福冨隼太郎、菅野香保里、成宮智輝、松本理平が担当しました。

作曲家 千住 明さん
1960年10月21日東京生まれ。幼稚舎より慶應義塾で学び、慶應義塾大学工学部を経て東京芸術大学作曲科卒業。同大学院を首席で修了。


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