慶應塾生新聞会 三田オフィス
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株式会社商船三井 最高顧問 生田 正治氏 世界に向けて、果敢にチャレンジ

 1957年慶應義塾大学経済学部卒業、三井船舶(現・商船三井)入社。1994年に同代表取締役社長、2000年に商船三井会長に就任。2000年経済同友会副代表幹事。2003年商船三井会長退任。同年から4年間、日本郵政公社初代総裁を務める。2008年旭日大綬章を受章。
2010年から商船三井最高顧問を務める。
 1957年慶應義塾大学経済学部卒業、三井船舶(現・商船三井)入社。1994年に同代表取締役社長、2000年に商船三井会長に就任。2000年経済同友会副代表幹事。2003年商船三井会長退任。同年から4年間、日本郵政公社初代総裁を務める。2008年旭日大綬章を受章。2010年から商船三井最高顧問を務める。

経済学部ゼミナール委員会が11月23日(水・祝)、南校舎ホールにて講演会を開催する。講演者は、慶大経済学部出身で、株式会社商船三井の最高顧問を務める生田正治氏。「海洋大国〝日本〟に向けて」をテーマに、慶應義塾の若者に対して指針を示す。この講演会に先立ち、生田氏にお話を伺った。

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高校時代、福澤諭吉の『学問のすすめ』『福翁自伝』などを読み、その先見性に心をひかれた生田氏。敗戦間近の1945年1月、同氏が10歳の時に父が戦死したこともあり、母親からは経済的な理由で国立大学への進学を勧められた。「父が慶大の理財科(現・経済学部)出身でしたが、その友人たちが父の戦死後も何かと相談相手になってくれて、お世話になった。自身も慶應の強いきずなを体感したし、福澤先生の教えと後世への影響力も、少年の心には偉大でした」と振り返る。

目標を正に慶大経済学部一本に決め、勉学に励んだ。行くからには自立した生活を、と家庭教師のアルバイトもしていたという。「ゆっくり部活を楽しむという具合にはいきませんでした」

入学してすぐ「英語会」に入会。国際人を志したものの、毎日昼食時を部室で英会話をしながら過ごすことには苦労した。「秋頃になったらさすがに自分のYES、NOだけの会話力に心が折れ、ご多分に漏れず落ちこぼれてしまいました。ところが卒業後、会社内で当時の同期数人と再会。今は復権を認められて、名簿に名を連ねています」と笑いながら話す。

大学生活で非常に意義深く、良い思い出はゼミでの生活だと話す生田氏。「千種義人教授の下で経済理論を学びました。勉強では苦労もしましたが、今思えば物を考える力を養うことが出来ました。その当時苦楽を共にしたゼミの連中は、今も世代を超えて貴重な仲間です」

ちょうど就職の進路を決める際、同氏が強く興味を持っていたひとつの会社があった。当時、欧州とアジアの間の航路を強固なカルテルで支配していた「欧州運賃同盟」。戦勝国が主体の国際組織に対し、加盟申請の拒否を理由に低運賃をもってファイティングを仕掛け、大きな国際問題を引き起こしていた三井船舶(現・商船三井)だ。「チャレンジ精神溢れる社風に惚れ込みました。敗戦国の一企業が、世界を相手に戦いを挑む姿勢に感動した」と話す。

高校時代、神戸港で港運の仕事を手伝うアルバイトを経験していた生田氏。多くの外国船が運んでくる輸入品には「Made in USA」などの文字がある中で、日本からの輸出品だけには「Made in Occupied JAPAN(被占領下の日本)」の文字があった。

「この風景が目に焼きつき、次第に海運を志した。日本の港を日本の船で賑わせて、国の再建に役立ちたいという想いが膨らんだ」と話す。その想いを胸に54年間走り続け、同社の社長・会長まで登り詰めた。さらに当時の小泉総理の強い要請を受け、日本郵政公社を設立。2003年から4年間、初代総裁を務めた。

「自分の担当範囲が決まったら、自分が納得出来るレベルまで徹底しないと気が済まない」と話す生田氏。しかしそうすることで、守備範囲が自然と広がってくることに気付いたという。

今回の三田祭では、大学生に向けて「海洋大国〝日本〟に向けて」をテーマに講演する。「海洋」の言葉には「グローバル」という意味を込めた。「もうすでに世界はグローバル化しているので、今更『国際化』という言葉は陳腐化している。それよりも世界の中で『どう大きく羽ばたくか』を考えることが大切」と指摘する。

最後に「広く世界に羽ばたき、果敢にチャレンジをしてほしい。そのために、まずおのおのがグローバルに通用するレベルに個人の価値を上げることが必要。そういった人が増えると、日本自体がチャレンジできる国になる」とメッセージを送る生田氏。「教条的なリーダーシップ論よりも、日本の今を見極めつつ、これからチャレンジをしていく学生へ実になる話ができたら」と意気込みを語っていただいた。

(西村綾華)