20歳のカタチ 第二回 ダンスに生きる20歳

真剣に踊る姿からは日ごろの努力が垣間見える
真剣に踊る姿からは日ごろの努力が垣間見える
 今回取り上げるのは、ダンスに人生を懸ける川口眞穂さん(19)だ。ダンスのインストラクターなどをしながら、ジャズダンスの高みを目指している。
 1991年生まれの川口さんは、まさに「モー娘。」世代。小学3年生のとき、モーニング娘。のメンバーになりたいと自ら地元のダンススタジオを探し、ダンスを始めた。その後もダンスにのめり込んだ川口さんは通信制高校を選択。「時間に縛られず、ダンスをたくさんやっていきたかった。勉強ができないから通信制高校に逃げるのは良くないと担任に言われ、悔しさから猛勉強した」という。親も、「高校は必ず卒業する」という約束を条件に後押ししてくれた。
 高校2年の春には、スタジオの先生からの勧めでアメリカ・ロサンゼルスにダンス留学。英語はほぼ現地で学んだ。「16歳というのは最年少で、ホームシックにもなった。周りも単身で来ていたので、一緒に勉強をしたりして乗り切った」と振り返る。思いきった渡米で身に付いた自身は、今に繋がっているという。
 その夏からはネット上で求人を見つけ、自らインストラクターとしてダンスの指導も始めた。「人に教えるほどの技術はないかもしれないと思ったが、早くインストラクターを始めればその分、他の人より一歩先へ行けるのではないかと思った」と、挑戦することを恐れなかった。
 自らの踊りにも磨きをかけるため、ダンススタジオも移籍。周りのレベルの高さに衝撃を受け、自らの踊りに幅を広げるためバレエにも通い始めた。現在はスタジオ、バレエ、インストラクター、バックダンサーとダンス一色の日々を送る。
 高校卒業後はダンスにかかる費用や生活費を、自分で賄うと決めた川口さん。「社会に出る以上、そうするべきだと思ったし、それが自分の意地」。そのため、TUBEのコンサートや紅白歌合戦などでのバックダンサーや、インストラクターの仕事から得る収入を工夫してやりくりする毎日だ。十代にして、立派な社会人。「ダンサーの社会は縦社会がはっきりしていてコネや信頼関係も必要。『ダンサーという大きな会社』に属しているような感じ」と話す。
 慶應生へのイメージはと聞くと、「とりあえず頭が良い(笑)。ここまでダンスに懸けてきた私とは違い選択の幅が広いだろうなと感じるし、学生は金銭面でもうらやましい。でも私は全部自分で決めていかなければいけないからこそ、やりがいがある」と語ってくれた。「可能性を広げることも狭めることもできる時期だと思う。大学生は、4年間で自分が本当にやりたいと思うことを見つけるのがいいと思います」と、社会の先輩としてメッセージも頂いた。
 目標はジャズダンスの舞台にソロで出演すること。今、師事している先生をいつか追い越したいと、さまざまなことを吸収すべく何にでも挑戦する。「ダンスを辞めることは絶対にない。身体が動かなくなる瞬間まで踊りたい」と決意は固い。
 自分のやりたいことをためらわずやる行動力と、決めたことを貫き通す意志の強さ。決して誰にでもできることではない。学校はあらゆることが保証されている素晴らしい環境だ。しかし大学に入ったからといって惰性で通うのではなく、自分のやりたいことを積極的に探し、時には思いきった決断をすることが学生にも求められるのではないだろうか。
       (池田尚美)


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