【名作探訪】吉行淳之介『美少女』 ~1975年 新潮文庫

 新潮文庫から出ている『蟹工船・党生活者』(小林多喜二)が異例の売れ行きとなっている。きっかけはどうであれ、小説の価値が掘り起こされるのは望ましい。

 今年の始め、吉行淳之介『美少女』が新潮文庫で復刊となった。吉行は、今期の名作探訪で扱っている「第三の新人」の一人である。

 ある美少女の失踪事件を巡って複雑に絡み合う人間模様を、サスペンステイストで描く。『美少女』は、吉行流2時間エンターテイメントドラマとでも言えようか。

 もう少しあらすじを紹介しよう。

 主人公である城田祐一の考え出した透明人間ゲーム。あたかも人間が透明になったかのように演技をして相手をからかう悪戯なのだが、ある日、三津子が本当に消えてしまうところから事件が始まる。手がかりは彼女の躯に彫られた星と月の刺青。ところが、城田の周りには、刺青のある女が多数いることが明らかになる。一人の女の死があり、刺青蒐集家のアメリカ人が登場し……。

 事件の真相に迫る過程で城田は幾人もの女性と、いわゆる男女の関係となっていく。それが真相へ迫る鍵となる。究極の愛情表現であるはずの行為が、快楽欲求を満たすため、むずがゆい謎を解くための手段に過ぎなくなる。

 一見、随分スノッブな小説だが、そこは吉行淳之介。彼の洒脱な文章は全く不快感を与えない。登場人物たちが随分活き活きとしているので、まぁ、こういうのもありかな、と読者としては思ってしまう。

 一つもっともらしいことを言うならば、人物たちが次々と関係を結び、人間関係をより複雑なものにしていくのは、城田の言う「複数の関係」を象徴しているのだろう。

 『男と女が一対一でつき合っているつもりでも、その関係はしばしば、いや、いつも、複数と複数でつながっている、ということですよ』

 人はそれぞれがそれぞれの人間関係を持っている。人と人とがぶつかる時、背後にある関係と関係もぶつかることになる。その入り乱れた人間の網の中、人はどう規定され、どう振舞わされることになるのか。

 吉行は読者を楽しませる小説を多く書いた。そして恐らく、書いている本人も楽しんでいる。小難しいことを言うのは野暮というものだ。立派なシティボーイを目指すなら、そうした関係性の中をひょひょいと立ち回るくらいでなければならないのだ。きっと。

初出『週刊文春』連載昭和41年5月~昭和41年12月

(古谷孝徳)


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