【つれづれ評論】映画『ソラニン』 2010年 アスミック・エース

ソラニン、それはジャガイモの芽などに含まれる毒。毒ではあるが、植物が成長するのには不可欠である。人の成長にもその毒が不可欠なのかもしれない。
 OL2年目の芽衣子(宮崎あおい)は、不確かな未来に不安を覚えながらもフリーターでバンドマンの種田(高良健吾)と暮らしていた。やりがいのない仕事に憂鬱を覚えた芽衣子。種田のひょんな一言で彼女は仕事を辞める。
 なんとなしにバンド活動を続ける種田に対し芽衣子は詰め寄る。本当にしたいことは何かと。彼女の言葉で決心した彼は本格的にバンド活動を始める。そして「ソラニン」という曲を作り、レコード会社に持ち込むが…
 漫画が原作である今作は、今までよくあったような甘酸っぱい青春映画とは言えない。いうなれば「自己主体を失った現代の若者像」を映した映画。すなわちそこにいるのは、理想と現実の狭間で不安に揺れる若者だ。
 バブル崩壊後、不況が常態化するなど暗い話題が包む理想のない世界。焦燥しているなんとも言えない空気感。それが今作の表象する世界観である。
 この世界観は2000年代以降の日本のロックが表象していたようなものと通じている部分がある。
 劇中歌『ソラニン』とエンディング曲『ムスタング』を担当したASIAN KUNG-FU GENERATION、そしてBGMを担当したストレイテナーのボーカル、ホリエアツシ。両バンドは00年代の日本ロックにおいて多大な影響を及ぼしたバンドでもある。ロストジェネレーションの彼らの紡ぐサウンドはまさしくこの映画の世界観である。
 もしもこの映画が彼らの手を経由しなかったとしたら、この映画は単なるバンドもので終わっていた可能性もあるだろう。また、リアルな世界観は形成されなかっただろう。惜しいのは一番比重が置かれるべきライブシーンにもう少し力があったらという点だ。
 しかしこの映画はある年代以上になると非常にくだらない映画に見えてしまうのかもしれない。仕事をしてだいぶ経った人々にとっては仕事もしないでだらだらと理想だけを追いたがる若者は社会に対して認識が甘すぎるし、あまりにも浅いのかもしれない。
 だが、これが「成長のない社会しか見せられていない若者の現在」を映した映画でもあることは疑いようもない。現実と理想の乖離という毒を経て、人は成長するのだろう。
 良くも悪くも新しい青春群像劇のスタンダードのひとつであろうこの映画の空気をぜひ感じて欲しい。 
         (太田翔)


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