作詞家としてアイドルに詩を

―はっぴいえんど解散後、松本さんはアイドルに歌詞を提供し始めます。中でも女性アイドルの詞を多く手掛けていますが、どのように女性の気持ちをとらえて詞に落とし込んでいるのですか。

一つは「人間はみな平等」というのが行き届いていること。男と女って正反対に見えるけど、元を正せば同じ人間なわけで、真理とかはそんなに変わらない。男は男らしく、とかうそばっかりで、女々しかったりする。目に見えない男らしさ、目に見えない女らしさって何だろうって考えたときに、同じ人間なんじゃないかなということに行き着いた。

そしてもう一つは、めちゃくちゃディテールにこだわるんだな、僕は。女性のディテールを積み重ねていくと、自然とリアルになっていく。松田聖子さんの「赤い靴のバレリーナ」には「前髪1mm切りすぎた午後」というフレーズがある。「1mm」というディテールにこだわるのは女性特有で。どうして僕がこんなことを知っているかというと、当時結婚していた奥さんがめちゃくちゃこだわっていた(笑)。面白いなと思って。詞に書いたら、そういう人がいっぱいいることがわかった。

ヒューマニズムは一つしかないからさ、それを忘れると、ろくでもないから。

―90年代は仕事のペースを自分で落としたそうですね。

アウトプットがすごすぎて、からっぽになったのね。このままいくと自滅するから……。松田聖子っていうのが「宇宙戦艦ヤマト」みたいな人だから、どうやって沈まなくて済むか、それがすごく自分の中で命題だったね。自分にとって何が足りないか40くらいの時に考えた。自分に足りないものはやっぱり古典だなと思って、古典にすごい興味を持った。能って眠くなるよね。なんで眠くなるかというと、とてものんびりしているから。それは室町時代の時間で、今は秒刻みになっちゃってるから。室町時代の時間にも真実がいっぱい入っているわけ。それにすごい興味を持っちゃった。でも勉強するために見ようと思っても、能って1日がかりでやってるから、全部見ようと思ったらさ、とてもじゃないけど起きてられない。それでいつものやり方なんだけど、最初にばーっと雑食で縦断爆撃みたいに適当に見る。その後、「これとこれが面白いな」と自然に残っていく。最後に1人追っかけるみたいな感じになる。

―具体的に古典はどのように活かしているのですか。

今はある意味古典は全部把握してるね。結構強い武器になっている。

能は栄養になってるけどアウトプットはしてない。アウトプットする機会あるかもしれないけど。例えば、藤舎貴生(横笛奏者)とコラボして古事記を題材に僕が詞にして、彼が邦楽曲を付けて、それを京都の南座で初演した。そのCDはレコード大賞企画賞をもらった。

それは全く今まで全く存在しない音楽。普通、純邦楽は「~ぬ」という文語体でやるものだけど、僕はそれを「~ですます」の口語体でやった。それは日本語ロックの変形だよね。純邦楽の人にとっては目から鱗だったみたいで。

松本隆さんから見た「東京」

―松本さんは現在関西に住んでいますが、生まれ育った東京を外から見てどう感じていますか。

馬鹿みたい(笑)。豊洲市場頭悪すぎだろ。興味のない僕がTwitterとかで把握する限り、頭悪いなと思うんだよね。国立競技場の近くは僕が自転車に乗る稽古をした場所で、遊び場だった。それをいきなり壊したよね。壊し遺伝があるみたい。いい加減にしろっていう感じですよ。

―そういった東京に嫌気がさして、転居したのですか。

本能的に危険を察知して東京から逃げたかもね。

東京愛はとてもあるけど、憎もあるから。それは自分の街を常によそ者に蹂躙された、それが東京。僕は江戸から住んでいるわけじゃないけど、江戸は形もないくらいに壊された。

もう一つは、一極集中が度を過ぎていると思っている。そのおかげで僕も生きやすかったんだけど、角度を変えて考えてみると、東京以外どこも知らないっていうのをある時感じて。人生の最後くらい他に行ってみたいなと思った。還暦を過ぎてそんなに仕事する気はなかった。どこに移ろうかと考えたときに神戸か京都かなって。二カ所に住むのも面白いと思った。

関西で神戸と京都って両極端で、めちゃくちゃ相容れない。大阪も奈良もまた別なの。あんだけの狭いエリアにかたくなな都市がいっぱいあるというのは面白い。東京は全部東京になっちゃってる。埼玉行っても東京、千葉行っても東京、横浜行っても東京……。みんな延長でしかない。地方都市の方が面白いと思った。気分は独立していて、京都人、神戸人とで全然違う。「大阪が嫌い」とか言ってるけど、車で30分の距離なのに、嫌いもクソもないだろ(笑)。横浜の人が「東京に30分もいたくない」って言わないよね。そういった価値観の違いが僕にはすごく新鮮で楽しい。

―松本さんの詞には色が多く登場しますが、東京は何色に見えますか。

だいたい灰色に見える。全ての色を混ぜると黒に近づく。今も昔も暖かみは感じない。

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