《ポスト平成のジャーナリズム》「議論とは炎上」 過度にネットを怖がらない

ポスト平成のジャーナリズム

学習院大学法学部の遠藤薫教授(提供)

SNSの普及で度々問題に挙がるのは、流れる情報の量は以前よりはるかに増加した一方で、ユーザーが接触するのは自分好みの情報だけになっているという言説だ。気に入った情報はフォローし気に入らないものははじくという「選択的接触」が進み、検索履歴などに合わせて情報をターゲティングする手法も確立する中、「SNSの情報に操作されている」「SNS怖い」といった面が強調される。

「確かに注意する必要はあるが、メディア利用につきまとう問題でもある」と話すのは、学習院大学法学部の遠藤薫教授だ。インターネットの黎明期、皆が双方向の開かれた議論をすれば民主主義の発展につながるという理想主義的な議論があった。ところが一般に広まった結果、その希望は忘れられ、今までは「怖い」という議論ばかりに終始してしまったと遠藤教授は警鐘を鳴らす。

むしろ今改めて注目すべきは、ソーシャルメディアを通じてグローバルなつながりができたことだという。異なる意見を持つ人同士を隔離する境界がなくなり、意見がぶつかり合うようになりつつあるのだ。ロボットやAIなど世界共通の技術革新が起こる中、ルール作りは国や文化によって正反対になる可能性もある。そうした「究極の選択」にぶつかった時、私たちは議論を避けて通ることはできない。

では、これからの議論はどのように展開していけば良いのだろうか。何よりも大切なのが、皆で考え、多様な意見を出すことだと遠藤教授は指摘する。「解決は考えるけど意見を押しつぶすことは考えない。そういうエチケットが広がっていくといい」。正面切って対話し、ダイナミックな合意形成システムを作り上げていければ、議論はより上のレベルに上がっていくことができる。

しかし意見を言えば「炎上」するかもしれない、溢れる情報のどれが正しいのかわからないといった不安がつきまとう。炎上をたたく方が得だし、専門家やオピニオンリーダー、単に面白いことや奇抜なことを言う人についていく方が楽と思うかもしれない。

遠藤教授は「それこそフリーライドで、危険なこと。広い世界で生きていくためにも最悪の戦略」と訴える。歴史的に見ると、これまでも私たちは独裁者の登場に立ち向かい解決してきた。「声が大きい人が正しい」と勘違いせず、健全な常識に自信を持つことが大切なのだ。また完璧な正解や間違いはないとしても、事実を捻じ曲げた嘘はいけないのは、古今を通じて不変であることも忘れてはならない。

世界的に見ると日本人は炎上を恐れ、沈黙していく傾向があると遠藤教授は話す。「議論とは炎上。でもそれは相手をぶちのめすためではなくて、よりよい解決を見いだすため。炎上上等の構えでやれば、もっと明るくなるし道筋も見えてくる」。議論をより高度に進めるためにも、リテラシーをいかに身につけるかは課題だ。教育としての情報科目が現代に合ったものになっていないことも問題視される。社会全体で考えなければならない課題はすぐそこまで迫っている。

(湯宇都)


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