「お別れするとき、手を振るのはなんで」。ときに子供は大人の想像をはるかに超えた質問をし、困惑させることがある。

現在NHKで放送中の「チコちゃんに叱られる!」は、そんな大人たちを5歳の女の子のキャラクター「チコちゃん」が「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と一喝。VTRによる解説で理解が深まるといった内容だ。

昨年レギュラー放送を始め高視聴率をマーク。決め台詞「ボーっと生きてんじゃねーよ!」は、昨年の新語・流行語大賞トップテンにノミネートされた。

人気の理由は他とは一味違った発想で番組を制作しているためだ。一般的に、面白いことや人を取り上げようと考えるのがテレビの常識だ。そういった所以で、本番組は「雑学を取り上げる番組」と捉えられることがある。

しかし番組プロデューサーの小松純也さんは「雑学番組だと思って作っていない。取り上げる題材が雑学かどうかはどうでもいい」と一蹴する。番組が重視していることは、題材そのものではなく、素朴な疑問を提示されたときに、自分の無知さにはっと気づかされる体験そのものだ。5歳児に叱られることで、その気付きが最大限に活かされる。「視聴体験の新鮮さを考えることが視聴者本位の番組作りだと僕らは考えている」と小松さんは力強く語る。

小松さんが視聴体験を追求するようになったきっかけは、ダウンタウンの松本人志さんとの出会いだ。今から20年以上前、バラエティ番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)でディレクターとして番組内のコントを制作、演出していた。

小松さんが携わった作品の中に「こうま」というコントがある。昭和30年頃、子どもがキャッチボールをしていると、ボールが草むらに入ってしまう。ボールを取りに草むらに分け入ると、一部腐食した仔馬に遭遇する。子どもは仔馬を助けようとするが、その仔馬はひねくれていて素直に救いに応じようとしない。最終的に仔馬は川に捨てられるというストーリーだ。

このコントのポイントは、お笑いにおける「フリ」の情景だ。草むらの中に何かがあるかもしれないという恐怖感は、誰しも覚える感覚。「人間の心が共通して持っているさわさわした部分を持ち出してコントにするところが松本人志さんの希有な才能」と小松さんは評する。

さらに、こういったシュルレアリスムに近い作品であるにもかかわらず、多くの視聴者の合意を得られることに衝撃を受けた。「新しい面白さを感じるのはこういうことなんだ」。制作者と視聴者の合意の位置が意外なところにあることが新鮮な視聴体験になっていくと、松本さんとコントを作っていくなかで理解することができたと振り返る。

その後も内村光良さんらが出演した「笑う犬」シリーズ(フジテレビ)など数多くのコントを手掛けてきた小松さん。21世紀に入り、テレビは家族の団らんの中心から副次的なものへと変化した。「ながら視聴」に向かないコント番組は衰退し、今やほとんど残っていない。小松さんはかつてのようにコント番組をゴールデン帯で放送することは難しいと話す。その上で、「面白いものを作るのは変わらない。応え方がどうであるかということ」

映像メディアのあり方は時々刻々と変わり続ける。そういった状況下で重要なのは、視聴者を第一に考えるという当たり前のことである。

テレビ放送開始から60年余り、昔も今も変わらず「箱」があり続ける。その「箱」をどのようにデザインしていくかが今、問われているのかもしれない。

(山本啓太)