《東京いろは》秋葉原 「個」と時代がうごめく

東京いろは

秋葉原の様子 挿絵=鈴木裕(環3)

東京・秋葉原。戦後、電気街として発展してきたこの場所は、約20年前から現在のようなサブカルチャーにあふれる街の様相ができた。

明大国際日本学部の森川嘉一郎准教授

秋葉原の都市論に詳しい、明大国際日本学部の森川嘉一郎准教授によると、秋葉原の変化の理由には、第一に家電需要が郊外型の家電量販店の登場により拡散されたことが挙げられるという。かつての家電は今より豪華賞品で、家族総出で都心の秋葉原へ買いに行く人が多数いた。しかし、バブル崩壊後の家電の価格帯の下落に伴い、彼らはアクセスの良い郊外の店に足を運ぶようになった。わざわざ秋葉原まで行って家電を買うことに高揚感を感じなくなったのである。

家電需要を奪われた秋葉原の電器店は、主力商品を当時まだなじみの薄かったパソコンに移していった。この結果、秋葉原を訪れる中心的客層が、家族連れから若い男性のパソコンマニアへと変わっていくことになった。そして、そのような人たちは、オタク向けのアニメやマンガなどへの関心を併せ持つ傾向があった。

パソコンマニアの人たちの需要はあったものの、秋葉原にはまだマンガやゲームなどの商品を扱う店は少なかった。土地代や賃料の高さゆえに、店側も当時は秋葉原に店を出すことに敷居を高く感じていたからだ。転機の一つとなったのは『新世紀エヴァンゲリオン』のブームである。その特需と関連商品の売り上げに後押しされ、多くの店がこぞって秋葉原に進出を始めた。

秋葉原の都市形成の特徴として、森川准教授は「個」の原理に主導された街の変化を指摘する。つまり、似たような趣味嗜好の人たちが一カ所に偏在することで、個人の趣味が都市の構造にまで台頭したのである。個室にとどまっていた趣味が都市へと拡大された。

慶大大学院メディアデザイン研究科の杉浦一徳准教授

秋葉原に集まる「個」は時代にとても敏感である。慶大大学院メディアデザイン研究科の杉浦一徳准教授は、「秋葉原は人を刺激的にするようなコンテンツを共有する場として存在している」と話す。つまり、そこに集まる人々の需要に合わせて、秋葉原は常に変化しなければならない。それゆえに秋葉原の店は入れ替わりも早いのである。

大阪の日本橋など、現在の秋葉原に似たようなコンテンツにあふれる街は日本各地に見られるが、その中でも秋葉原は頭一つ抜けている。実際地方にあって秋葉原にないようなお店を探すのは難しい。時代の先端の場として秋葉原は地方の人にとって憧れの場でもある。

東京は皇居を中心として山手線が取り囲むような環状構造となっているが、秋葉原はその線上に存在するサブセンターの一つだ。そこには「個」が集い、「個」による「個」のための最先端の空間が形成され、それは流動的にうごめいている。

(曽根智貴)


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