胸に手を当てて考えてみてほしい。あなたは今までに「絶対に得だ、うまくいくと思っていたあの選択・行動が、結果的には失敗だった、自分を過信してしまっていた」という後悔をしてしまったことはないだろうか。

人間は誰しも、どれだけ未来を予測し、合理的に行動しようとしても、必ずどこかで失敗を犯してしまう。人間の集合体である組織においても同様だ。この事実を前提として、あらゆる組織の成功や失敗の原理を著書『組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏み続けるのか』で示したのが、経営戦略論・組織論を専門とする、慶大商学部教授・菊澤研宗氏だ。
 
『組織の不条理』では、「人間は限定合理的である」という考え方に基づき、敗戦に向かう日本軍が、どのようにして無謀ともいえる作戦を実行し続け惨敗するに至ったか、その合理的プロセスが示されている。それと共に、現代の様々な企業がなぜ失敗、もしくは成功したかの原因が具体的に述べられている。この本の初版は2000年に出版され、多くの企業経営者やビジネスマンに愛され続けロングセラーとなり、更に昨年、著名な作家・佐藤優氏が推薦したことで再び注目を集め今年二次文庫化された。

さて「限定合理的である」とはどういうことなのだろうか。一般的な経済学では、人間は完全合理的である、と仮定される。この仮定に基づくと、人間関係上の駆け引きは起こらない。しかし実際には、人間の知識は限定的なので、駆け引きが生じる。そして、人間関係上の様々な見えないコストが発生するのだ。「この見えないコストを考慮すると、たとえ現状が不正な状態であっても、変革する場合には既得権益を持つ人々を説得するコストが発生することが分かります。そのコストがあまりに高い場合、不正な現状を維持した方が合理的だという『組織の不条理』に陥ってしまうのです」と氏は説明する。
 
では、組織が不条理に陥ることなく発展し続けるにはどのようなことが必要なのか。氏は次のように語る。「組織を変革するために必要なコストが小さいうちに、すなわち組織の体制や問題が固定化しないうちに、組織内の一人ひとりが、人間の限定合理性を自覚し、批判的議論を絶えず重ねていくこと。そして問題があれば、論理的に解決していくことが重要。そして、リーダーがその解決が正しいのかどうか価値判断を行うことで、組織は不条理に陥ることなく発展し続けるのです」
 
今は学生生活を謳歌している塾生も、近い将来社会に出て、組織で動くことになるであろう。菊澤氏は、塾生への思いを語った。「社会を生きる上で、『この事業は儲かるので実行しよう』というように、損得計算原理に従って行動することは重要です。しかしその上で、しっかりと価値判断が出来るかどうかもまた大切です。この事業は儲かるが、不正なのでやらない。逆にこれは儲からないが、正しい、そして意義のあることだからやろうというような品の良い判断が求められています。ぜひ、大学時代の恋愛や友人との体験を大切にして、価値判断のできる人になってほしい。そして福澤先生の言葉『智徳の模範・気品の泉源』の如く一人前の人間になって頂きたい」
 
『組織の不条理』は、組織のみならず人間の本質をも映し出した一冊であるといえるだろう。是非一読を勧めたい。
(松岡秀俊)