我々は都会の大学生だ。数分間隔で電車が走り、コンビニがあふれる街で暮らしている。そのような便利な生活を手放すことなんて、もはやできない。だが本当に、都会だけが素晴らしい場所なのだろうか?
連載「列島再発見!」では、都会に暮らす慶大生の視点で、各地を訪れてその魅力を伝えていきたい。

宮崎県高千穂町は、宮崎県の最北端に位置する人口約1万2000人の山間部にある町だ。高千穂町には、天孫降臨神話が伝わり、天岩戸など、『古事記』や『日本書紀』に登場する神話の舞台が点在している。このような地で、古くから伝わる伝統芸能がある。「高千穂の夜神楽」だ。平安末期から鎌倉時代にかけて成立したもので、その歴史は約800年に及ぶ。

高千穂地方の夜神楽は、毎年11月下旬から翌年の2月にかけて、集落ごとに氏神様を「神楽宿」と呼ばれる民家や公民館にお招きし、夜を徹して三十三番の神楽を舞う伝統芸能だ。秋の収穫に感謝し、翌年の五穀豊穣を祈る神事として、現在まで継承されてきた。1978年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。

夜神楽の舞い手は「奉仕者」と呼ばれ、口伝によって伝えられる夜神楽を伝承する役割を担っている。一方で、人口が減少したことにより、奉仕者の後継者問題が大きな課題となっている。高千穂町では約40年前にそのような問題に気付き、夜神楽の季節以外にも「高千穂の夜神楽」を楽しむことができる、「高千穂神楽」を始めた。高千穂神社の境内にある神楽殿で、毎晩、夜神楽を披露するのだ。昨年は、約161万人の観光客が高千穂町に訪れた。このように、奉仕者が、県内外から訪れる多くの観光客にいつでも夜神楽を披露できる場をつくることで、後継者を育てている。現在は、約450人の奉仕者がおり、高千穂町は、夜神楽が盛んな全国有数の町になった。

夜神楽が将来にわたって継承され、発展を図ることを目的に県外や海外での公演も行ってきた。今から50年ほど前、フランスには伝統芸能の日本代表として夜神楽が招待され、その神秘的な舞いは、ヨーロッパでも高い評価を受けた。その後、東京の国立能楽堂やブラジルでも公演を行った。現在は、2020年に開催される東京オリンピックの開会式における演出に、夜神楽をはじめとする伝統芸能を取り入れようとする働きかけも行われている。

高千穂町観光協会会長の佐藤哲章さんに今後の展望を聞くと、「夜神楽は単なる芸能ではなく、長い歴史の中で育まれたさまざまな思いが込められている芸能であることを伝えていきたい」と語った。観光客や外国人に向けて、高千穂地方の夜神楽を伝えていく取り組みを今後も継続していくという。

1月上旬の取材日も、高千穂神社の神楽殿では子供からお年寄りまで80人近くの観客が見守る中、「高千穂神楽」が披露された。開演前、奉仕者である下田原神楽保存会の竹次民生さんに話を聞いた。下田原神楽保存会には、23歳から93歳までの奉仕者が18名所属しており、竹次さんは43年間、奉仕者として活動してきた。長く続けてきた理由を尋ねると「夜神楽が好きだから。楽しみはそれしかない」と教えてくれた。

「高千穂神楽」には奉仕者と観客が一体となって盛り上げる演出もある。「ヨイヨイサッサ、ヨイサッサ」と口ずさむ観客は皆、とても楽しそうだ。多くの人に親しまれている「高千穂の夜神楽」はこれからも日本の伝統芸能の中核として、伝承されていくことだろう。

(鵜戸真菜子)