慶應塾生新聞会 三田オフィス
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【ART COLUMN】田辺イエロウ『終末のラフター』

本作は、少年漫画界で大きな人気を誇る田辺イエロウ氏による、ダークファンタジーの短編作品である。

突如現れた「悪魔」と呼ばれる化物によって世界は一度滅ぼされかける。窮地で滅亡を回避したが、その後人間を喰う「悪魔の口」を持つ不死の人間が世界各地に現れた。主人公は、「悪魔の口」を持つ者でありながら悪魔を喰ってまわる旅人の青年である。物語は、この青年がとある町と契約を結ぶところから始まる。「悪魔の口」を持つ男に人柱を要求され続け、疲弊しきっている町だ。青年はその男を喰おうと、その町の長に話を持ちかける。

本作の特筆すべき要素のひとつは、隠された大きなロジックであろう。

主人公には一人の妹がいる。一見すると無害で天真爛漫な少女だが、彼女はこの物語の鍵を握っている。というのも、この妹こそが「悪魔の口」の持ち主その人なのだ。主人公の持つ「悪魔の口」は、単に描いただけのものだ。彼はフェイクであって、自身が悪魔であるように装うことで、妹を悪魔喰いから守っているのである。彼は冷徹な人間であるかのようにふるまうが、その実、家族それひとつの為に生きている。

一方で、彼が契約を結ぶ町の人々が拠り所としていたのは、世論であった。人々は、悪魔は恐ろしいものであると決めつけて契約を破棄し、主人公を排除しようとする。そこに熟考など存在しない。民衆は固定観念にとらわれ、事実を見失っていく。

集団心理の恐怖と滑稽さを思わずにはいられない。私たちはそれにとらわれていないと言い切れるだろうか。私たちの判断基準は周りの言葉、つまり世論によって左右されるものだ。メディアに踊らされることの多さからも、それが伺える。

主人公は民衆に対し、「恐怖はあんたの飼い犬だ」と吐き捨てた。読者はここで、目の覚める思いをするだろう。

何を信じるのか。主人公は家族を守ることが第一である、と信じた。民衆は世論を信じた。それによって作られた集団心理は、時に誤った選択を生む。

判断基準をどこに置くか。それを自分自身の考えの外に追いやってはならない。私たちは、何を信じ、何を大切にして生きていくのだろうか。ただひとつの正解など無いだろうが、それを見失うことだけはあってはならないと、本作を読んで切に思う。
(神谷珠美)