慶應塾生新聞会 三田オフィス
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【時事解説】多数決は正義か

2016年は世界が注目した選挙が多々行われ、「予想外」と言われる結果が出た。イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票や米大統領選、東京都知事選など、実に濃い一年だったと感じる。現実を受け入れずやり直しを求める声もあるようだが、既存の制度のもと有権者が投票して決めたという事実に変わりはない。選挙結果と有権者の意識にズレが生じるのは何故なのだろう。慶大経済学部でメカニズムデザインを研究している坂井豊貴教授に話を聞いた。

選挙で用いる「多数決」という制度について考えてみよう。多数決は民主主義を実行する最善策だと思われがちだが、実は弱点が多い。致命的な欠陥は「票の割れ」による「多数派の意見さえ尊重されない」可能性だ。

例えば2000年の米大統領選では、始めは民主党のゴアが共和党のブッシュに対し優勢だったが、後半、第三の候補者としてネーダーが参戦した。ネーダーのスタンスはゴアに近かったため、彼はゴアの票を一部喰い、最終的にはブッシュが漁夫の利を得て当選した。「民主主義の理想は満場一致ですが、現実には難しいので、せめて多数派を尊重しようということになります。しかし、多数決ではそれさえできない可能性があるのです」と坂井教授は語る。

弱点を補う代替案があるのかと言えば、もちろんある。自民党総裁選や旧民主党代表選の「決選投票付き多数決」、本屋大賞や欧州バロンドールの「ボルダルール(候補者を順位付けし一点刻みで配点する)」など、多数決以外の「決め方」は身近に溢れているのだ。「実は我々は、物事は一回の多数決で上手く決まらないことを知っています」と坂井教授は指摘する。多数決は人々が「良い」と信じる結果を出すには脆い。言い換えれば、結果が「民意」と一致するとは限らないのである。

ではなぜ、国会議員や知事など国の重要事項の決定に依然として多数決が使われているのだろうか。理由は単純、人々の慣れである。自分が生まれたときからある制度をわざわざ疑う人は少ない。さらに、法律のあり方も一因だ。公職選挙法を変えることができるのは国会議員だけであり、現行制度で「勝った」与党に、敢えてそれを変えるインセンティブはまずない。言うなればこれは、権力の配置と管理にかかわる「設計ミス」である。

しかし、まあいいか、で終わらせてはいけない。「今ある姿とあるべき姿は区別する必要がある」と坂井教授は注意を促す。選挙の結果は自分の生活に跳ね返ってくるのだ。

坂井教授の言葉を借りるなら「投票はインプットをアウトプットに代える装置」である。私たちは、情報を精査し自律した熟慮をもってインプットの質を高めるのは当然として、さらに、今の「装置」がそれを反映できるのか考えなくてはならない。「あなたに多数決を使う覚悟はありますか」と坂井教授は語る。盲目的な現状維持では衰退はあっても繁栄はない。
(玉谷大知)