慶應塾生新聞会 三田オフィス
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塾生、ヨセミテに挑む②

前回の「塾生、ヨセミテに挑む①」の記事が載せられた後、大変光栄なことに読んでいただいた方々からさまざまなルートを通じて、今後に向けた激励のお言葉をいただいた。実は、ハーフドームを登った後には続きのストーリーがある。今回は、カリフォルニアに来た本当の目的ともいえる「最高の岩」について、僭越ながらもう一度この場をお借りして共有させていただきたく思う。

ハーフドームを登り街に降りてくると、成果を祝ってくれるたくさんの仲間たちがいた。いつもトレーニングに通うクライミングジムでは、「Nice job man!」、「You’re a beast!」などと声をかけてくれる人々がいた。しかしその中で、「So what’s next?」と聞いてくる声もあった。アメリカに来た理由の大半は紛れもなくクライミングであり、常に充実を感じている。しかし、僕はある一つのルートを登るために、2年前からトレーニングをしてきたのである。僕のことを知っている人、もしくはクライマーならきっと分かるであろう、あのエル・キャピタンを登るためにカリフォルニアに来たといっても過言ではない。

ヨセミテバレーに訪れる者がそろって驚愕する、規格外ともいえるサイズのエル・キャピタン。谷底から頂上まで約1000メートル、紛れもなく世界最大の花崗岩の1枚岩である。ふもとから見上げた景色を目の前にすると、数千万年という途方もない年月をかけて形成された自然の強大な力を感じずにはいられない。その飲み込まれるような景色の中に、僕の登るルートがある。1958年に伝説のクライマー、Warren Hardingのパーティーが125本もの手打ちボルトと約1年半に及ぶ月日を費やし、不可能といわれていたエル・キャピタンに完成された初めてのルート、The Noseである。今では5日かけて登るのが通常のペースといわれているが、今回我々は3日で登るつもりである。パートナーのジェレッドの仕事の関係と、自身の期末発表が最終日の翌日にあるため、それ以上時間をかけて登ることはできない。

ハーフドームとは違い、ルートの取り付き部までのアプローチは駐車スペースから10分もかからないほどのハイクだ。12月のヨセミテは気温が低く、夜はマイナス10度近くまで冷え込むことがある。ヘッドランプの明かりとともに、夜9時に足跡のない雪の上を歩く。必要なギア、ロープ、ホールバッグ等をベースまで運び、翌日の朝日とともに登り始めるために早めに寝袋に入る。朝6時に起床し、すばやくストーブで朝食のスープを温める。風は少々強いが晴れている。予定通り、辺りが明るくなり始めた頃に我々は登り始めた。

このルートの最初の5ピッチは時間がかかると一般的にいわれている。というのも、下部だけ登るパーティーも多く、長い年月をかけてクライマーの足に磨かれてツルツルに滑る形状を攻略しなければいけない。最初の5ピッチ、Sickle Ledgeと呼ばれる幅2メートルほどの棚までは自分が連続でリードする。3ピッチ目を登っている最中、ヘルメットに小石のようなものが当たった。マルチピッチのクライミングでは落石はよくあることだが、次の瞬間、3個ほどまた何かが自分のヘルメットを叩いた。思わず上を見ると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。

大小さまざまなサイズの氷の塊が、無数に頂上から降ってくるのである。落石とは明らかに違い、朝の陽に反射して光る粒がよく見える。雹かと思ったが、きっと数日前のストームで頂上に溜まった水分が夜に凍り、その氷が風に吹かれてタイミングよく今になって降ってきているのである。予想外の展開だがこれもアドベンチャーの醍醐味、などといっている場合ではない。ピッチの終了点に着き重いホールバッグを引き上げる準備を始めると、目線の50センチほど先をテニスボール大の氷が音を立てて降ってきたと思いきや、足元の平らな岩にぶつかって粉々に砕けた。さすがにこの大きさはヘルメットに当たっていたとしても、どうなっていたかは想像出来ない。