長時間労働、サービス残業、過労死……これらの言葉を耳にする機会が増えた。今秋には某大手企業の社員が長時間労働の苦を理由に自殺した事件が世間を戦慄させた。

労働に苦労は付き物だが、肉体と精神が限界を迎えるほどの激務は道理を逸している。これから社会に出る学生にとって長時間労働がもたらす影響を理解することは重要だ。今回は慶大医学部精神・神経科の二宮朗特任助教に話を伺った。

二宮氏はまず「長時間労働について考えるときは、その言葉や残業時間だけが一人歩きするのは良くない」と注意を促す。例えば脳・心疾患の労災の基準では残業時間が「月45時間」以内であればリスクはなく、「月1‌0‌0時間」を超えるとリスクが非常に高いとしている。これは睡眠時間が1日7~8時間なら健康的で、5時間以下なら脳・心疾患のリスクが高まるという研究結果を基に算出されている。つまり、例えば生活の時間を削ることで睡眠時間を確保すれば、長く働いても「リスクは変わらない」ことになる。また、労働時間は短くとも作業環境が劣悪であったり勤務形態が不規則であったりすると、それも負担になる。このように、長時間労働の表面だけを見るのでは不十分なのだ。

長時間労働が危険なのは、他の要因と相互に影響するからである。例えば労働時間が長いと休養やプライベートの時間が減ってしまう。二宮氏は「公私の時間のバランスが崩れると、自分を支えてくれるはずの家族や友人との関係が悪化し、逆にストレスの要因に変わることもある」と指摘する。また残業が必要な仕事には高い水準の要求を伴うことが多いため、これも精神的負担や疲労に繋がる。このように様々な要因が絡み合って心身を蝕んでいくのである。

ストレスは限界を超える前に解消されなければならない。アメリカで提唱された「職業性ストレスモデル」によれば、ストレスの原因の多くは職場環境やマネジメント側にあるという。これらを改善する組織的なアプローチは必要だが、個人ではどうにもできないものも多いだろう。そこで、自分を守るには自分でできる「ストレスマネジメント」が重要となる。

最も有効かつシンプルな方法は「睡眠」だ。睡眠は健康の基本と言える。ただし、うつや不安が悪化すると不眠に陥ることがある。そうならないためにも趣味や運動を大事にし、仕事以外の時間をリラックスして過ごすことがポイントになるという。診療やカウンセリングでは「現実の受け取り方」や「ものの見方」に働きかけて心のストレスを軽くする「認知行動療法」が用いられるようになっている。また「マインドフルネス」という瞑想を活用したケアは現在、医療の枠を超え社会に広まりつつある。

二宮氏は「ストレスに気がつくことが大切」と語る。一方で「自分が何に対してストレスを感じているのか分かっていないことが多い」とも指摘した。自分は大丈夫、と思っている人ほど危険なのかもしれない。
(玉谷大知)