慶應塾生新聞会 三田オフィス
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【学生文化研究所②】「都会のファッション」

東京に住む学生たちは毎週末、渋谷や原宿に繰り出し、話題のファッションビルで買い物をし、常に時代の先端を行くファッションを身にまとっているものだ。

そんな神話は今、競争を知らない「ゆとり」「リスク回避」世代と形容される学生たちによって崩されつつある。都市社会学に詳しい文学部社会学専攻・近森高明准教授と社会学を志す3人の塾生達(原風佳さん、迫下啓樹さん、井澤太一さん)のディスカッションから、新しい傾向が見えてきた。

1969年、池袋に日本で初めてのファッションビルである「池袋パルコ」が誕生した。その後80年代にかけて「渋谷パルコ」「渋谷109」「ラフォーレ原宿」などが次々と登場し、ファッションビルが建つ街こそが「おしゃれな」街として若者たちの間で認識されていくようになる。

ファッションの内容としては、多くの女子大生のバイブルであった『JJ』が提案した横浜元町発祥の「ハマトラ」ファッションに代表されるお嬢様風の清楚なスタイルが大きな支持を得た。同時に、全身を「イッセイミヤケ」や「コムデギャルソン」のようなデザイナーズブランドで固めることが「イケてる」とされる風潮も現れた。徐々にバブルに向かっていく時代、都会の学生たちは外国人のモデルたちに憧れ、「高級感」や「非日常感」を求めていた。「街」「雑誌」「ブランド」が流行を司り、若者たちがそれを追う構図が出来上がった。

その構図が徐々に瓦解していくのが80年代末から90年代半ばだ。「ストリート」が大きな力を持ち始める。それまでは与えられた流行を追う存在でしかなかった若者たちが、主役となって流行をつくり上げていった。「渋谷109」の店員が憧れの対象としてスポットライトを浴びたり、メディアに取り上げられない原宿の裏通りの店に敢えて訪れる若者が増えたりした。全身を同じブランドで固めることはもはや「イケてない」、知る人ぞ知る裏の店で見つけた良いものを自分で選択して組み合わせることが
「オシャレ」と考えられるようになった。

そしてゼロ年代、自らブランドを選択し個性を見つけることすら敬遠される時代が訪れる。「量産型」という言葉が普遍的なものとなった。「間違いない」「外さない」がキーワードとなり、流行とはまた異なった性質を持つ、似たような服装をした学生がキャンパスに溢れている。上級者のファッションばかりを紹介する雑誌はインターネットが大きく普及したこの時代には売れない。お手本はSNSで触れることのできる身近な存在だ。かつては「カリスマ」が存在し憧れの対象だったショップ店員という職にも昔ほどの人気はなくなった。モデルが不在で、自分がなりたい目標のない学生たちにとって「学校で浮かない」ことが第一の優先事項なのだ。無難な服をコーディネートし週単位でレンタルしてくれるサービスも普及し
始めた。

学生たちよ、スマホを捨てて街に出よう。バブルに浮かれた時代、流行の中で若者同士の個性がせめぎ合っていた。服で自分を表現する楽しみを学生たちが取り戻す、そんな時代はもう来ないのだろうか。
(平沼絵美)

【連載】学生文化研究所