「義塾社中」という福澤諭吉の言葉をご存知だろうか。慶應義塾は教職員、学生、卒業生など関係者一同の共有物であり、その目的は公共のために尽くすことにあるとされる。 塾内では、この関係者一同を「社中」と呼ぶ。そのような「社中のつながり」を実際に肌で感じることが出来るのが、野球の早慶戦だ。

塾員はもちろんのこと、実は慶應義塾幼稚舎の児童も学校行事の一環として、明治神宮野球場に足を運んでいる。幼いながらも社中の一員として観戦するという、慶應ならではの慣習を解明したい。

そもそも、幼稚舎生の早慶戦観戦の慣習はいつ頃から始まったのか。「正確な年代は分かりませんが、少なくとも昭和40年頃には始まっていたようです。幼稚舎新聞の記録にも残っています」と慶應義塾幼稚舎主事の武田敏伸先生は語る。

武田先生ご自身も幼稚舎の出身で、観戦行事に参加していた。もともと野球好きだったこともあるが、何十年も前のことにも関わらず観戦した当時の様子は記憶に残っているという。教員としては、幼稚舎生にも塾生として早慶戦を経験してもらいたいという思いもあるそうだ。

児童らが駆け回る幼稚舎の校庭
児童らが駆け回る幼稚舎の校庭

実際に観戦するのは、幼稚舎の5・6年生だ。春の早慶戦の初日に必ず全員が神宮球場に赴く。試合前から應援指導部の指導の下で応援練習に参加し、下校時間の4時半を過ぎない限り最後まで試合を見届ける。

もちろん野球に対する児童の興味の度合いには差があるが、点が入った際にはみんなで肩を組み若き血を歌ったり応援合戦をしたりと、早慶戦特有の雰囲気を楽しむ。


児童たちは、早慶戦の1週間ほど前にも応援の練習を受けることになっている。平日の昼休みに30分、実際にリーダー部、吹奏楽団、チアリーディング部の部員らが校舎を訪れ、試合本番と似た形式で歌や掛け声の練習が行われる。

また、塾生である自覚を改めて得られるということは早慶戦観戦の醍醐味の一つだが、児童達たちにとっての観戦は貴重な学びの場にもなる。

例えば、エール交換からは相手を称える精神を学ぶ。小泉信三元塾長の「ハードファイター・グッドルーザーであれ」という言葉を児童に教えることもある。これは「果敢なる闘士たれ、潔き敗者たれ」という意味で、勝負の際の理想的な姿勢を表す。教育的な観点からみても意義深い。

早慶戦は、幼稚舎生から塾員までが一堂に会する貴重な機会である。神宮球場に足を踏み入れれば、あなたも「社中」の一員であるという誇りを感じられるはずだ。
(濱田真優)