蝮谷の奥深く、木々に囲まれひっそりと佇む弓道場。響きわたる弦の音が森の静寂に緊張感を与えている。

道場で弓を引く弓術部員達
道場で弓を引く弓術部員達

弓術部は体育会のなかでも特に長い歴史をもち、創設は1892年にさかのぼる。慶應義塾体育会が設置されると同時に発足し、柔道部、剣道部と並び最も古い部のひとつとなっている。創部以来、戦時中も含め一度も途切れさせることなく活動を続けており、かの第7代慶應義塾塾長、小泉信三も輩出している。

しかしながら、歴史と伝統がありながらも、蝮谷の奥の奥という道場の立地もあってか、多くの塾生が弓術部についてあまり多くの情報を持っていないのではないだろうか。今回、部内幹事の稲熊渉さん(総2)に詳しくお話を伺った。

 

目標を定め時間を有効活用

弓術部は現在、4年生も含めて55人の部員を抱えている。そのうち女子は24人であり、おおよそ男女比は半々となっているそうだ。

活動日は、春・秋のシーズン中は火曜日から土曜日までの週5日間で、日曜日の試合に向けて練習に励む。7月と11月~2月前半はオフシーズンで、練習は各部員の裁量に任されている。

体育会に所属しない塾生にとって、体育会は「練習で常に忙しい」というイメージが少なからずある。しかし、稲熊さんは「あくまでも学業が優先であり、練習のために授業を切る、切らせるということはしない。確かに学業と部活の両立は大変ではあるが、むしろ時間管理がうまくなる部員が多い」と語る。

年間の主な試合は、春シーズンは3月末から4月にかけて行われる「新人戦」と6月末の「全関東学生弓道選手権大会」、秋シーズンは8月中旬の「全日本学生弓道大会」と9月下旬の「リーグ戦」がある。リーグ戦は東京学生弓道連盟に加盟している約100校で行われ、ここで優勝することが部の目標とされている。

 

長期的スパンで高い技術力の獲得

弓術部幹事の稲熊渉さん(総2)
弓術部幹事の稲熊渉さん(総2)

新入部員として入部すると、1~2ヶ月ほど基礎練習を積む期間が設けられる。まずは「射法八節」と呼ばれる、弓を射る基本の8動作を習得した上で、ゴム弓での練習、本物の弓を矢をつがえずに引く「素引き」練習、実際に矢をつがえて巻藁に放つ巻藁練習、と段階を踏んでいく。1ヶ月以上に渡ってこれらの基礎を固めると、最後にようやく的に向かって矢を射る練習を始めることができる。以降、新入部員は6月の全関東学生弓道選手権大会の個人戦や8月の全日本学生弓道大会に向けて練習を積んでいくそうだ。

試合メンバーの選出は実力主義で、新入生や初心者であっても力があれば試合に出してもらえる。

稲熊さんは「スポーツや武道では経験者が優位で、大学生の年代から初心者として参加するのは厳しいことも多いが、弓道は初心者からでも練習次第で比較的短期間で上にいける競技だと思う。実際、大学から始めて現在主力になっているメンバーもいる」と競技の特徴を述べた。

 

高度な精神力の鍛錬

稲熊さん自身、弓道を始めた理由は「同じスタートラインで始められるから」だった。「やってみたら想像以上に楽しくて、気づいたら中学から高校、大学まで、ずっと弓を引いている」と笑顔を見せる。

弓を引く上で注意していることを質問すると、「好奇心を忘れない」こと、「日常の中からヒントを得て弓に活かす」ことの二つを挙げた。また、「大学1年生のときは、がむしゃらに的中させることばかり考えていたが、うまくいかないことが多かった。今は反省材料を活かして、技術の向上だけでなく心の平静を保てるように努めている」と自身の心構えを話した。

技術力と精神力、両方が求められる弓道の世界。鍛錬の場を求める新入生は、門を叩いてみてはいかがだろうか。

 

(和田啓佑)