11月8日の記念式典を控えて、義塾創立150年の記念すべき1年も盛り上がって来ているように思われる。記念式典を前に、安西祐一郎塾長に、学部時代の思い出や、それから40年近く経って塾長として迎える創立150年という節目への思いを聞いた。

─学生時代、塾長はどのようなことをされていたのですか?
学部時代は、応用化学を学んでいて、朝から実験をしていた。一方で、理論的なことも好きで、修士課程に進むときに専攻を情報関係の分野に変えた。
当時の最先端技術はコンピュータで化学プラントや工場の生産ラインなどを制御するデジタル計算機制御技術だった。そういったことから勉強をはじめ、修士論文では、ガスのパイプライン供給のコンピュータ制御について書いた。

─博士課程では?
就職も考えたが、結局博士課程に進んで情報科学の研究を続けた。博士課程の半ば頃から、人はどのように感じ、意思決定をしているのかという問題をやりたくて、心理学のことを学びはじめた。最初、応用化学からはじまって、徐々に「人間科学」の分野を学ぶようになり、人間の思考のプロセスをコンピュータを使い分析・処理する情報科学の方法で研究した。これは今で言う認知科学の分野だが、当時はあまり理解が得られない分野だった。しかし、自分でやりたいことを誰かにすすめられることなく本心から研究したことによって、認知科学の分野が切り拓かれたのだと思う。
認知科学をやり続けてよかったのは、世界各地に心理学・哲学から情報科学まで文系・理系を問わず様々な分野を研究する友人が出来て、自分の視野を広げられたことだ。

─勉学以外では何をされていましたか?
学部時代の午後は毎日ラグビー漬け。日曜日は試合。ラグビーは大学に入ってから始めたので、入部した当時の練習は本当に厳しかった。スクラムを何回組まされたかわからないし、ランパスを何往復やったかわからない。それでもやり通すことが出来たということは、大きな自信になり、それ以来、何でも出来ると思えるようになった。「塾長の仕事は大変でしょう」とよく言われるけど、あのときの練習に比べれば……。

─創立150年の節目を塾長としてどのような気持ちで迎えていますか?
150年というのは日本の近代化そのもの。その近代を総括するとともに、グローバル化の時代の中で、「独立して生きる力」、「協力して生きる力」を持っていかなければならないと思っている。創立150年記念事業は10年計画で今年3年目を迎えているが、今こそこれからの時代のために慶應がもう一度立ち上がらないといけない。
慶應義塾が他の大学と違うのは、国に頼ることなく、かつ国を先導してきたことだ。創立150年記念事業のコンセプトは「未来への先導」。多くの大学の周年事業では「こういう大学になりたい」というその大学の未来についてのテーマを立てるが、慶應は世の中の人にとっての未来を先導するという視点でテーマを立てている。

─学生として創立150年を迎える塾生に一言お願いします。
150年の伝統と実績を持った、日本でもトップレベルであると同時に、時代を切り拓いてきた学塾の塾生であることに誇りを持ってもらいたい。そのために、学問に精を出し、尊敬できる先生や友人を作ってもらいたいし、課外活動や国際体験もしてもらいたいとも思う。それから、日ごろの姿勢、礼儀については、慶應義塾の塾生らしく他のどの大学とも違う学塾の塾生としての誇りある行動をして欲しい。一人ひとりが世界の誰とでも渡り合え、未来を先導するリーダーになって欲しい。

(聞き手は福冨隼太郎と菅野香保里)