(提供:初鹿敏也)

他人と向き合い生まれる作品

昨年12月25日に国立競技場で、スポーツを通して日本を元気にする『Cheer! NIPPON!』というイベントが開催された。東京五輪の招致も兼ねたこのイベントの映像制作を手掛けたのは初鹿敏也さん(総3)だ。制作した映像は、王貞治氏と川渕三郎氏の対談とアスリートの記者会見を編集したものの二つだ。

仕事の依頼があった当初、初鹿さん自身は東京五輪招致にはあまり関心がなかった。しかし、参加者へのインタビューを通して、五輪招致に関わる人々に直に触れ、言葉にできない希望や夢を感じ、初めて心から招致が成功してほしいと思ったそうだ。また、被災地の参加者からの「震災以来良いことがなかったが、五輪招致活動を機に頑張ろうと思えた」という声を聞けたことや、子どもたちが「将来、感謝の気持ちを返したい」と言ってくれたことも大きかった。

今回の映像制作が「招致の役に立ったかはわからない」と話すが、いろいろな人に招致に関わる人々の思いを届ける協力ができたのは嬉しかったと言う。

映像制作では作る側の視点と観る側の視点の共有を大切にしている。今回の映像では、オリンピックを遠い存在と感じている人に向けて、スポーツがもたらすたくさんの希望を伝えていくことを意識した。

映像制作に興味を持ったきっかけは、中学校の卒業式に使うスライドショーを作ったことだ。自分が作った作品で周りが喜ぶ姿を見て、人が喜ぶものを作る楽しさに気付いた。コンテストの審査員が楽しめそうな映像を作るなど、現在も観る人の視点を意識する姿勢は変わっていない。

映像コンテストでさまざまな賞を受賞する一方、水墨画アーティストとしても活躍をしている。母親が書道の先生だったが、初鹿さんは字が下手だった。そこで、墨で字を書くのではなく、絵を描き始めたことがきっかけだった。水墨画にはより抽象性が求められるという違いはあるものの、相手の視点に合わせて作るという点は映像制作と変わらない。

どちらも普段の生活で感じたことを表現するわけではなく、コンテストや依頼があって初めて取りかかる。「自己表現が苦手だから他人と向き合っている」と語るように、あくまで主体は自分ではなく他人なのだ。

当初は美大への進学も考えていたが、SFCでは技術面だけでなく心理や認知も学べると知り、入学を決めた。実際に入学して、周りにいる人の存在も大きな刺激になっているという。

映像や水墨画にとどまらない、これからの活躍に期待したい。

 

(矢野将行)