松岡正剛千夜千冊 (1) SFCに来る前に私が教えていた一橋大学には、「古典資料センター」という場所がある。普段は限られた人だけが使うそのセンターに入れていただく機会を得て、蔵書をあれこれと散策していた。アダム・スミス「国富論」の初版本や、シュムペーターが読んだとされるマルクスの「資本論」などに対面しドキドキした。

そのとき、ひとつの棚に収められていた、「メンガー文庫」という古びた蔵書を見つけた。かの有名な経済学者であるカール・メンガーが、自分が所有していた書物を死後、ある日本人に託し、それが一橋大学に寄贈されたものだったと記憶している。そのうちの一冊を開くと、メンガー自身によると思われる、ページの余白にある幾多の書き込みや傍線やメモが目に入ってきた。それを見て、一気に百年間タイムスリップしてメンガーの時代のヨーロッパに思いを馳せたのであった。

書物は、それだけで孤立しているものではない。読者との関係や、それを見る他の多くの人との関係、また、書物と書物のつながりを創出する古くて新しいメディアなのである。

本と本、著者と著者、思想と思想を徹底的につないだ、ものすごいプロジェクトの結果を編集した著書が、昨年、出版された。松岡正剛による『千夜千冊』だ。8巻で1セットで、数万円するから普通の学生が購入することは難しいだろう。そういう人はネット(http: //www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html)を見れば、(ほぼ)同じものが見られる。(このサイトは、これまで、 200万アクセスを突破している!)

古今東西、ギリシャ時代から現代まで、あらゆるジャンルの書物の中から、「正剛ごのみ」を発揮して、思いつくまま、一晩で1冊取りあげ、想像力に富むエッセイ・評論を、4年以上に渡って1000冊(実際は、もっと沢山)ネットに書き続けるという一大プロジェクトである。作者1人について1冊だけとしているので、それぞれの著者についてどの書目が取りあげられているか「正剛ごのみ」をチェックするのも面白い。福澤諭吉は(私の予想通り)『文明論之概略』である。ちなみに、私の『ボランティア もうひとつの情報社会』も第1025話で紹介されている。

千夜千冊では毎回、取りあげられた本、著者、著者の友人、時代、歴史的背景などに関連した数十の書物が引用されている。全部で1000冊余あるので、全体として、数万冊の書物が、さまざまな意味的連関をもってつながったネットワークを構成している。そのつながりを基本にした、国立情報研究所の高野さん設計による連想検索エンジンがネット上に公開されている(http://senya.pictopic.info/)。これなども使いながら、しばし、タイムスリップと連想と自省の豊かな時間を過ごすことを、お勧めする。